太宰治銅像太宰治銅像(青森県・芦野公園)  Photo:PIXTA

太宰治には多数の読者がいる。いや、読者だけではない。作品や世界観に言及した「太宰治論」も多くの人に語られてきた。その分量は他の作家を圧倒する。以前の記事で私は、「古典」について「多くの注釈書が書かれてきた書物」と定義した例を紹介したが、その意味で太宰の作品はまぎれもなく古典である。彼はなぜ、かくも大勢の人を惹きつけるのだろう。今回は彼の代表作『人間失格』を手がかりとし、微力ながら彼の視点に迫っていきたい。(ライター 正木伸城)

すさぶ心の内を精神病棟の
壁やガラス戸に書きなぐる

 太宰治といえば「作家としての絶頂期に自死した」ことを思い浮かべる人もいるだろう。39歳になる直前、太宰は入水している。愛人との心中である。太宰はそれまでも自殺未遂を繰り返し、薬物中毒のために精神科病院の病棟にも入った。そのことからも太宰は、しばしば自己破滅的な作家とみられている。

 太宰の自暴自棄は、例えば閉鎖病棟の入院中から見られた。「不法監禁!」と叫び回り、すさぶ心の内を壁やガラス戸に書きなぐった。入院は元をたどれば、腹膜炎の鎮痛に用いたパビナールがきっかけである。

 体の病にも太宰は悩まされ、服薬の影響か、被害妄想も膨らんだ。実家から分家除籍され、芥川賞の落選に傷ついた彼の口癖は「死にたい」だった。

『人間失格』は、太宰の人生を色濃く反映したとされる代表作の一つだ。