1997年公開の映画『陰謀のセオリーConspiracy Theory』(リチャード・ドナー監督、メル・ギブソン、ジュリア・ロバーツ主演)は、ニューヨークのタクシー運転手で陰謀論者の男の話が徐々に現実のものになっていく、というサスペンス映画だ。
主人公の男は、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件をはじめとして、ありとあらゆる陰謀論を収集し、客にしゃべりまくるばかりか、政府の陰謀についてのニュースレターを書き、5人しかいない「支持者」に郵送している。
ひとはみな、説明できないものごとに強い脅威を感じる。大統領(JFK)がテレビ中継中に狙撃されて死亡し、その犯人とされたリー・ハーヴェイ・オズワルドが事件から2日後に、警察本部の地下通路でマフィア関係者に射殺されるという前代未聞の出来事は、政府・司法の公式説明ではとうてい納得できるものではなく、ひとびとはより整合性のあるストーリーを求めた。
JFK暗殺の翌年(1964年)、アメリカの現代史家リチャード・ホフスタッターは「アメリカ政治におけるパラノイド・スタイルThe Paranoid Style in American Politics」という有名な論文を発表した。作家のジェシー・ウォーカーは、『パラノイア合衆国 陰謀論で読み解く《アメリカ史》』(河出書房新社)でホフスタッターの論文を、「激しい誇張、不信感、陰謀の幻想を特徴とする「(アメリカ政治の)心のスタイル」を描きだそうと試み、それを19世紀の反フリーメイソン運動や反カトリック運動から、執筆当時の「大衆的な左派メディア」や「現代の右派」にいたる幅広い活動に見出している」と要約している。
ウォーカーは、「アメリカは、いつの時代もパラノイアに取り憑かれている」「陰謀論は歴史に彩りを添えるだけではない。この国の核心にあるのだ」と述べ、ビル・クリントンが大統領に就任したときの次のようなエピソードを紹介している。
クリントンは大統領に当選して間もなく、古くからの友人で、その後、自身の補佐役に任じたウェブスター・ハッベルにこう述べたという。「ハブ、君を司法省の職に就けたら、二つの疑問に答えを見つけてほしい。一つめは、JFKを殺したのは誰なのか。二つめは、UFOは存在するのか、だ」

ニクソン大統領時のアメリカでは、ホワイトハウスも陰謀論に取り憑かれていた
2004年(JFK狙撃事件の40年後)、ABCニュースの調査ではアメリカ国民の7割が大統領の死の背後に陰謀があると信じていた(1983年の調査ではさらに高く、8割に上っていた)。2006年の全国規模の調査では、36%が「アメリカの指導者が9.11のテロ攻撃を許した、あるいはその計画にかかわっていた可能性が「非常に」または「やや」高いと回答した」。より困惑するのは1996年のギャラップ調査で、71%もの国民が政府はUFOの情報を隠していると考えていた。
しかしウォーカーによると、これはアメリカ国民がたんに“陰謀”に洗脳されているということではない。こうした疑心暗鬼の背後には現実の陰謀があった。
1956年にFBIが始めた「コインテンプロ」は、「破壊活動分子と見なす政治運動家を阻止し制圧するための対情報プログラム」で、共産党などの「反社会的集団」にFBIの捜査官を潜入させ、偽情報を流したり暴力的な蜂起を扇動したりして内部から攪乱させる謀略だった。
このコインテンプロはその後、「社会主義労働者党、白人至上主義団体、黒人国家主義者/黒人至上主義者 新左翼」へと拡大され、その後の議会による調査では、潜入捜査官がミリシア(極右の民兵組織)にテロをそそのかしていたことも明らかになった(ミリシアのメンバーがテロ計画を通報したことで未然に防がれた)。
1950年代には、CIAは「MKウルトラ計画」を実施している。朝鮮戦争で捕虜になった米兵が共産主義に洗脳されたことに衝撃を受け、より効果的な洗脳手法の開発を目指したもので、一般人の被験者にLSD(幻覚剤)を投与する実験も行なわれたが、その詳細は明らかにされていない。――映画『陰謀のセオリー』では、主人公はこのMKウルトラ計画の犠牲者だった。
それ以外にも、CIAが市民の郵便物を開封していたり、外国要人の暗殺に関与していたことも明らかになって、70年代には多くのアメリカ人がFBIやCIAを謀略機関と見なすようになっていた。
決定的なのは1972年のウォーターゲート事件で、民主党本部の盗聴を指示したニクソン大統領が辞任に追い込まれる政治スキャンダルにアメリカ社会は大きく動揺した。前年(71年)にベトナム戦争に関する国防総省の秘密文書(ペンタゴン・ペーパーズ)がニューヨーク・タイムズにスクープされるなど、政府内部からの情報漏洩に疑心暗鬼になっていたニクソン政権では盗聴が常態化していた。当時のアメリカでは、ホワイトハウスも陰謀論に取り憑かれていたのだ。
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