前々回の当コラムで「正社員のクビを切りやすくする、新たな労働ルールの実現性」と題し、水町勇一郎・東大社会科学研究所准教授のインタビュー要約版を掲載した。今回より2回にわたってインタビュー完全版をお届けする。第1回は「新しい労働ルール」を模索する理由、欧米各国における労働法のあり方と運用、さらに労働法制改革の現状について聞いた。

――水町さんは、連合総合生活開発研究所(連合総研)で「新しい労働ルールのグランドデザイン策定に向けて~イニシアチヴ2008研究委員会~」の主査を務めておられますね。

水町:はい。メンバーは労働法学者、労働経済学者が中心で、20代から30代の若手が主力となっています。外国の労働法制の基礎研究をしっかりと行い、直近の改革についても熟知している若手たちで、政府の審議会にも入っていない、自由に発言できる方々です。また、トヨタ自動車の人事担当部長、経団連幹部にも加わってもらっています。連合は、意見は言うが、研究報告内容に口を出さない約束です(笑い)。

――「新しい労働ルール」を模索するのはなぜですか。

水町:これまでは、労働ルールは国が決めてきました。大量生産大量消費時代には、社会や企業が守るべき価値が単一だから、政府が作る画一的な規定を労使みんなで守ればよかった。だが、1970年代のオイルショックを機に各国で価値観の多様化の波が起こり、90年代のグローバリゼーション、IT革命でますます多様化・高速化が進み、また、雇用環境が激変した。これらの環境変化を受けて、欧州各国では1980年代から労働法制の改革が進んでいます。日本はその動きに追いついていない。従来の発想、法制度の枠組みを変えずに、微調整ですませようとしている。その結果、労働法制全体のバランスはとても悪くなっている。全体を見返して、再構築する必要があります。

――欧米各国はどのような労働法制改革を進めているのですか。

水町:基本理念は、「当事者の「参加」による「公正」で「効率」的な社会の実現」です。従来、「公正」と「効率」は相反するのではないかという見方もありました。例えば、労働者に関わるさまざまな差別を排し、「公正」を貫けば「効率」が落ちるのではないかと考えられてきました。しかし、「公正」であることは社員のモチベーションを上げ、仕事の「効率」が上がり、生産性は上昇します、こうしたよい循環を起こそうというのが、各国の労働法制改革の根底にある考え方です。そこが、日本にはあまり紹介されていないのが現状です。

――当事者の「参加」による、というのはどういうことですか。

水町:当事者とは、労使をはじめ現場に携わっている人々のことです。「公正」と「効率」のよい循環を起こすには、労使が対話をして自分たちに必要な労働のルール、運用方法など決めたほうがいい。逆に言えば、国が法律で金太郎飴的に縛ってももはやうまくいかないということです。欧州ではソーシャル・ダイアローグと呼んでいますが、国が規則を事細かに決めるのではなく、労使の対話、集団的コミュニケーションで決める。その対話を促進するような労働法制のあり方に変化してきています。