橘玲の日々刻々 2021年2月25日

「人類は見知らぬ敵を殺して楽しむように進化した」
「自己家畜化」したヒトの道徳性と邪悪さ
【橘玲の日々刻々】

「人類は見知らぬ敵を殺して楽しむように進化した」

 言語という強力なツールを獲得したヒトは、男たちが共謀することで共同体内の暴力を抑制し、「反応的攻撃性」を減らしていった。だがその一方で、男たちの連合は「共謀した暴力行使」すなわち「徒党を組んだ攻撃」の大きな威力を他の社会に向けるメリットに気づいた。

 狩猟採集では、「縄張り」が大きければ大きいほどより多くの食料を獲得できる。とはいえ、同じ社会のメンバー同士で殺しあっていては、他の社会から侵略を受けて全滅してしまう。ヤクザは内部抗争(内輪揉め)をきびしく禁じる一方で、できるだけ組を大きくして、隙があれば他の組の縄張りを奪い取ろうとする。これは狩猟採集民と同じで、『仁義なき戦い』も植民地主義も、何百万年ものあいだ人類がやってきた「縄張り獲得」ゲームの繰り返しなのだ。

 他の社会への徒党を組んだ攻撃は「連合による能動的攻撃性」と呼ばれるが、これは「反応的攻撃性」とはちがって認知能力が重要になる。これもヤクザの抗争と同じで、強大な敵に戦いを挑めば自滅するだけだ。「戦争」を仕掛けるのは、相手がじゅうぶんに弱く、こちらが確実に勝てる(算段がある)ときだけにしなければならない。戦争(社会と社会の闘争)は高度に知的なゲームなのだ。

 「連合による能動的攻撃性」は利他主義の由来を説明する。「戦闘における自己犠牲」のような美徳は、他の社会を殲滅するために内部の結束を強めるよう進化したなかから生まれた。この適応は群淘汰(集団選択説)のように思えるが、「利己的な遺伝子」説でも利他的戦略が一定の割合で生じることが説明でき、いまだ論争が続いている(群淘汰の弱点は、自己犠牲ばかりの高潔な集団では利己的な戦略が圧倒的に有利になることだ)。

 高い認知能力を獲得したヒトは、社会のなかで寛容になると同時に、異なる社会(敵)に対してはかぎりなく残酷に振る舞うよう進化した。

 「なぜ殺すのか」の問いに対してランガムは、おそらく本書でもっとも議論を呼ぶであろう回答をする。「不穏ではあるけれども生物学的に意味をなす答えは、殺しを楽しんでいるからだ」というのだ。

 セックスをするとき、「自分の遺伝子の複製を最大化しよう」と考えるひとはいない。異性に惹かれ、セックスを求めるのは、それが快楽と強く結びついているからだ。その「おまけ」として子どもが生まれ、遺伝子が後世に引き継がれていく。

 同様に「殺し」をするときに、生存・性愛の利益を最大化するという進化論的な効果を意識する必要はない。他者(異なる社会のメンバー)を殺すのが快楽になるように脳のプログラムを「設計」しておけば、敵を皆殺しにして縄張りを拡張し、結果として適応の恩恵を受けるようになる。すなわち、「人類は見知らぬ敵を殺して楽しむように進化した」のだ。――これがおそらく、ネアンデルタール人などヒト(ホモ・サピエンス)に先行してユーラシア大陸で暮らしていた人類が絶滅した理由だろう。

 ランガムの不穏な説が正しいとすると、協調や共感力、道徳心がどこまで役に立つのかは心もとない。それは本来、社会のなかで「反応的攻撃性」を引き下げる環境圧力によって進化してきた。それが社会の外にまで届いていないのなら、道徳教育は内集団びいきを強めるだけで、他者(敵)への憎悪や残酷さがより苛烈になるかもしれない。

 だったらどうすればいいのか。この難問についてランガムは多くを語らず、本書の最後でこう述べているだけだ。

 人類が探求すべき重要なことは、協調の促進ではない。その目標はむしろ単純で、家畜化と道徳感覚によってしっかりと基礎づけられている。それより困難な課題は、組織的な暴力が持つ力をいかに軽減させるかだ。

 私たちはその道を歩きはじめたが、まだ先は長い。
 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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