橘玲の日々刻々 2021年3月11日

非大卒の白人はなぜ絶望死するのか?
白人労働者階級を苦しめる「全面的な人生の崩壊」
【橘玲の日々刻々】

白人労働者階級を苦しめているのは「全面的な人生の崩壊」

 非大卒の白人はなぜ絶望死しているのか。著者たちは実証的なデータを積み上げてその謎に迫ろうとする(アメリカではCDC/米国疾病予防管理センターの統計サイトCDC Wonderで死亡証明書の情報の大部分が公開されている)。

 データからは、45~54歳の白人死亡率は1990年代前半からさほど変わっていないように見える。だがこれは、非大卒の白人の死亡率が25%増加している一方、大卒白人の死亡率が40%減少しているからだ。

 主要な死因のひとつは、当然のことながら健康だ。病気などで身体の具合が悪いひとは、健康なひとよりも死亡率は高いだろう。

 そこで白人の健康指標を調べると、成人(25歳以上)の非大卒の喫煙率は29%で、大卒の7%に比べて4倍も高かった。2015年には非大卒の3分の1が肥満とされたが、大卒は4分の1未満だ。

 非大卒ではさらに、現代に近づけば近づくほど健康状態が悪化している。40歳時点で「健康状態が悪い」と申告する割合は1993年の8%から2017年の16%へと四半世紀の間に倍増した。その結果、驚くべきことに、非大卒の白人では「買い物や映画に出かけるのがつらい」と答える割合と「家でくつろぐのがつらい」と答える割合が25~54歳の年齢層では50%増えていて、「友人との交流がつらい」と答える割合は20年間で倍近くにまでなっている。

 アメリカでは、1億人以上が(最低3カ月は続く)慢性的な痛みをわずらっている。地域別では西海岸、アパラチア、南部、メイン州、ミシガン北部がひどく、ノースセントラル・プレーンズ(大平原北部)と北東部のアムトラック沿線(ニューヨーク州からバージニア州にかけての地域)、カリフォルニアのベイエリアはさほどでもない。アメリカで自殺率の高い州は、住民がもっとも痛みを訴えている州でもある。

 痛みを訴えるひとの割合は、住民の学歴が高い地域ほど報告が少なく、失業率が高く貧困な地域ほど高くなっている。非大卒の白人の間で近年、中年期に痛みが著しく増しているのは、体重の増加が腰や膝の痛みを引き起こしているからかもしれない。

 日常的な痛みに悩まされていて、買い物ばかりか家でくつろぐことすらつらいのなら、仕事をするのは難しいだろう。実際、非大卒では「働けない」と自己申告した人の割合が1993年の4%から2017年には13%にまで増えた。

 それ以前に、非大卒が働こうと思っても職自体がないという現実がある。

 1979年から2017年の約40年間でアメリカの1人あたり国民所得は85%伸びているが、非大卒の白人男性の平均収入は13%も購買力を失った。リーマンショック後の2010年1月から2019年1月の間に1600万近い雇用が生まれたが、そのうち非大卒が就ける仕事は300万にも満たなかった。

 健康状態が悪く、働いていないか収入が低く、将来性のない男性は、結婚相手にはふさわしくない。こうして、低学歴の白人の婚姻率が下がっている。その一方で、低学歴の白人女性の大半が、少なくとも1人は婚外子を生んでいる。

 こうしたデータを挙げながら、ディートンとケースは、白人労働者階級を苦しめているのは「全面的な人生の崩壊」であることを説得力をもって示す。「仕事が破壊されれば、最終的に、労働階級は生きていけなくなる。人生の意義、尊厳、誇りを失い、婚姻関係やコミュニティを失うことで自尊心も失い、それが絶望をもたらす」のだ。

 その挙句に白人労働者階級は、自ら生命を断つか、アルコールやドラッグで「緩慢な自殺」をするようになる。「人が自ら命を絶つのはそれ以上生きている価値がないと感じるとき、生き続けるよりも死んだほうがましだと感じるとき」だと著者たちはいう。絶望死の理由は、「自分の人生にはなんの価値もない」ところまで追いつめられてしまったからなのだ。

「低学歴白人の黒人化」が進行している

 かつて白人の保守派は、マイノリティ(黒人)の貧困層が生活保護に頼って暮らしていることを「福祉の女王」とはげしく批判した。しかしいまや、白人労働者階級が社会保障や障害保険の受給対象になっている。

 黒人のコミュニティが崩壊し、母子家庭が急増したことを、保守派は「家族の価値を放棄した自己責任」とみなした。これもいまでは、白人労働者階級のコミュニティは崩壊し、高卒や高校中退の白人女性が父親のいない子どもを産むようになった。こうした現象をひと言でいうならば、「低学歴白人の黒人化」だ。

 ディートンとケースは、非大卒の白人は、1970年代から80年代にかけて都市部の黒人が体験したことを30年遅れて追体験しているという。知識社会の高度化によって最初に黒人の雇用が破壊され、次いで非大卒白人の雇用が消失したのだ。

 その結果、「白人よりも黒人の方がうまくやっている」という奇妙なことが起きるようになった。これが、本書でもっとも議論を呼ぶであろう主張のひとつだ。

 新型コロナによって人種別の平均寿命はヒスパニックで2年、黒人で3年縮んだとされる。これは大惨事だが、それ以前でも黒人の死亡率は白人よりずっと高かった。

 だがディートンとケースが強調するのは、(コロナ前は)その差が一貫して縮小していることだ。「1970年から2000年にかけて、黒人の死亡率は白人よりも大きく減少し、21世紀の最初の15年を見ると、労働階級白人の死亡率が増えている一方で、黒人のそれは下がっている」。その結果、1990年代初頭までは白人の2倍(100%)以上だった黒人の死亡率は20%まで縮まった。――同様に、ヒスパニックは白人より平均的にずっと貧しいが、死亡率は非大卒白人よりも低い。

 アフリカ系アメリカ人は、白人よりもずっと自殺しにくい。中年期の黒人自殺率はこの50年でほとんど変わっておらず、現在も白人の約4分の1だ。さらにこの四半世紀では、首、腰、関節の痛みを訴える黒人の割合はいずれの学歴集団においても、中年白人より20%低かった。

 さらに興味深いのは「自己評価(幸福度)」調査で、40歳を過ぎると、学士号を持たない黒人の自己評価が非大卒の白人より高くなることだ。そればかりか、大卒/非大卒にかかわらず、黒人は白人に見られるような中年期の落ち込みを経験していない。「意外なことに、黒人のほうがストレスが少なくなっている」のだ。「全死因死亡率が白人については増加しているときに黒人については減少しているというのはたしかに普通ではないし、驚くべきことだ」と著者たちはいうが、経済学者として、その理由を特定するのはきわめて慎重だ。データからわかるのは、「黒人が薬物過剰摂取、自殺、アルコール中毒に苦しんでいなかった」ということくらいだ。

 「痛みや中毒、アルコール、自殺による死、低賃金のろくでもない仕事、下がり続ける婚姻率、宗教の減退の物語」は、「4年制大学の学位を持たない非ヒスパニックの白人アメリカ人」にのみあてはまる物語なのだ。

 データからすれば、「黒人の人生は多くの側面で改善していて、その一方で低学歴白人の人生は悪化している」ことは間違いないが、これは政治的にきわめて微妙な問題を提起する。トランプを支持する「白人至上主義者」たちは、「白人労働者階級は差別されるマイノリティ」で「自分たちこそが犠牲者」だと主張しているが、その正しさを追認することになりかねないのだ。

 これについて著者たちは、マンガ『ドゥーンズベリー』の8コマを引用するにとどめる。マンガでは、新聞を読んでいた白人のレイが黒人のBDに対して、(自分のような)中年白人の死亡率が上がっているのに、黒人やラテン系には影響がないのはヘンだと述べる。それに対してBDは、「ヘンじゃないさ」「黒人はずっとそう。もう慣れっこさ」と反論する。レイが「黒人特権か」と訊くと、BDが「そう、ある意味、幸運」と述べる。

 「労働市場がもっとも能力の低い労働者に背を向けたとき、最初に打撃を受けたのは黒人だった。技能が低かったため、そして長く続いてきた人種差別のためでもある。その数十年後は、今度は白人としての特権にずっと守られてきた低学歴の白人の番だった」と著者たちはいう。


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