ナポリを中心とする南イタリアの犯罪組織カモーラ(「組織」の意味)の実態を暴いたロベルト・サヴィアーノの『死都ゴモラ 世界の裏側を支配する暗黒帝国』(河出文庫)については、以前紹介(「現代の”ゴモラ”ナポリの街角で見たイタリアの闇」)した。カモーラの偽ブランドビジネスの話だが、これは彼らの広範な活動のごく一部にすぎない。

『死都ゴモラ』は驚くべき本だが、最後まで読み通すのはかなりの根気がいる。20代でこの本を書いた才気溢れる著者が、あまりにも“高尚な”文体を使っているからだ。そのため日本の出版社は、現代イタリア文学の最高峰アルベルト・モラヴィア(ゴダールによって映画化された『軽蔑』が有名)を翻訳する大御所を起用したが、それでも私のような一般人にはかなりハードルが高い。
「クラン(犯罪組織)に対抗するとは、生存のための闘いに加わることである。あたかも生存自体、口にする食物、頬ばる口、耳にする音楽、読む頁が、私たちの生活を根拠づけられず、単に生存を認められているだけのような。知り、理解するのは一つの必要なことである。生きて呼吸する一人の人間であると感じることを可能にする唯一のことだ」
こんな文章がえんえんと続くことを想像すると、どんな“読書体験”かおおよそわかるだろう。
しかし『死都ゴモラ』は、この苦難を乗り越えた先に、世界を理解するための途方もない秘密を明かしてくれる。もちろん原書(の翻訳)を読んでいただくのが一番だが、時間と忍耐力のあるひとばかりではないだろうから、ここでその一部を紹介しておきたい。
「カモーラ」の実像
「カモーラ」というのは、シチリアでいうマフィアのことで、犯罪組織の全体を指す言葉だ。一つひとつの組織は、「クラン」と呼ばれる。
だが南イタリアでは、クランとは村のことでもある。クラン(ファミリー)の構成員は、ほとんどが同じ村の出身者だからだ。こうしたクランが合従連衡して、ときには殺し合いながら、クランの連合体をつくっていく。カモーラが“ヤクザ”の一般名称で、クランは大阪・西成などの地場のヤクザ組織、その連合が“山口組”のような大組織になると考えるとわかりやすい。
『死都ゴモラ』には、こうした“ヤクザの村”が実名でたくさん出てくる。ヨーロッパの村というのは、教会を中心とした集落のことで、村と村との間は農地や牧草地、荒地などで仕切られている(日本のように切れ目なく人家が続くということはない)。
その一つがカザール・ディ・プリンチペで、カンパニア州ガゼルタ県の、ナポリの北西20キロほどのところにある人口2万人ほどの町だ。
1994年3月19日、この町でドン・ペッピーノという一人の若い司祭が死んだ。ペッピーノはカザール・ディ・プリンチペで生まれ、ローマで学業を修めた後、司祭として故郷に戻ることを決意する。そして、町を支配するカモーラに敢然と闘いを挑んだ。反カモーラの行進を組織し、政治権力と犯罪集団の癒着を暴き、敬虔なカトリック教徒を自認するカモーラたちを“反キリスト”として強く批判した。その結果、5発の銃弾を浴びて36歳の短い生命を終えたのだ。
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