マーケットフォーカスPhoto:PIXTA

株式や為替の急落には必ず原因として犯人が挙げられる。しかし、多くは誤認逮捕、市場には間違った犯人を仕立ててしまう性質がある。誤った犯人像に目を奪われ、真犯人を見失えば、投資家として無用なリスクを被ったり、好機を逃したり。最近株価急落犯とされた米長期金利の上昇も、現時点で相場を壊す凶悪犯ではない。(田中泰輔リサーチ代表、楽天証券グローバルマクロ・アドバイザー 田中泰輔)

92年のポンド急落はソロス一人の仕業ではない
事前に膨らんだポンド買いの巻き戻しが真犯人

 相場急落時には決まって犯人が仕立てられる。

 古くは、1990年以降の日本のバブル崩壊では、過剰に利上げした日本銀行、日本株先物の裁定売りをした海外投機筋、不動産融資総量規制を打ち出した大蔵省(現財務省)、92年のポンド暴落ではジョージ・ソロス氏、93~95年の超円高局面では、相場を誘導したのは米クリントン政権、といった具合だ

 最近の米株価急落でも、昨年9月初頭の局面ではソフトバンク系ファンドのデリバティブ取引、今年1月末のときはロビンフッダーと総称される個人投資家群、2月下旬の急落時には米長期金利が注目された。

 しかし、これらの容疑者は本当に犯人だろうか。実は市場には、相場急落時に犯人に仕立てて、自ら犯人の一挙手一投足に過敏に反応してしまう構造的理由がある。誤認逮捕で真犯人を見失った投資家は、相場急落の中で無用なリスクを被ったり、来る好機を捉え損なったりする。

 そうした事態を回避するために市場の情報処理の有り様も相場分析の対象であり、自分が置かれている情報環境を正しく認識する必要がある。

 歴史的事例について、市場で仕立てられた容疑者と、筆者が解析する真犯人を整理する。相場の急反落は、経済情勢の変化後ではなく、先駆けて起こりがちだ。その反落が大きいほど、相場自体に内在する潜在的な下落圧力をまず疑う。

 90年早々の日本の株安の前に、バブル相場で含み益という潜在的株安圧力が膨張していた。圧力のガス抜きは、日本銀行の過剰利上げ、海外投機筋による先物裁定売り、大蔵省の不動産融資総量規制より先に、90年3月期決算のルール変更に対応した銀行の株式売りが指摘される。この経緯は、近藤駿介著『1989年12月29日、日経平均3万8915円』(河出書房新社)に詳述されている。

 92年のポンド暴落では、事前に巨額のポンド買い・マルク売り取引があった。当時、ポンドを含む欧州通貨統合の観測下、ポンドと西独マルクの為替レートは準固定的に推移した一方、欧州各国の金利水準には格差があった。この金利差狙いで、低金利のマルクを調達(売り)し、高金利のポンドで運用(買い)する取引が横行した。

 ところが、東欧共産主義体制崩壊で東西ドイツ統合が具体化すると、西独金利上昇、欧州通貨統合先送りの観測が浮上し、ジョージ・ソロス氏らがポンド買い・マルク売り勢力に「大変だ、逃げろ」と、パニック的群衆逃避を促し、その相場に便乗した。ポンド安阻止に向かった英中央銀行を1人で負かしたという理解では、ポンド暴落の本質を見失う。