「ボカロ世代」に伝えたい、今こそ中森明菜を聞くべき理由『LIAR』

 中森明菜が自殺未遂を起こした1989年4月に発売された『LIAR』は、私の知る限り、初期の『北ウイング』(1984年1月)とともにコアなファンが熱烈に支持する名曲である。中森明菜は高音の伸びに比べると低音が若干不安定だが、『LIAR』ではその不安定さが抑制となって耐える女の表現に昇華した。liarは「嘘つき」の意味だが、この曲はうそを重ねる男性との悪夢のような恋愛から自由になろうとする女性の内面を描いている。

 この曲が長く支持されてきたのは、『難破船』同様に「歌う女優」である中森明菜が自己表現に没頭し、多くの女性たちに共感を呼び起こしたからだろう。

 だが、現実の彼女は『LIAR』の中の強く耐える女性ではなく、文字どおり脆弱(ぜいじゃく)な『難破船』だった。山口百恵がヤンキー系女性の特徴である「早い結婚」で芸能生活を成就させたように、中森明菜もそのあとを追うべきだったのだが、不幸にもそうはならなかった。

 そのあとの中森明菜は一気に輝きを失ってしまう。そんな中でも多くのファンが復活を望み、傑出した曲はいくつかあったものの、全盛期の力を取り戻すことはなかった。山口百恵と同様、結婚をゴールに燃え尽きるべきだったのかもしれない。

 ただ、中森明菜の数年間が生み出した奇跡のような名曲群が色あせることはない。生演奏で歌う姿を直接知らない世代が、YouTubeなどを通して中森明菜を評価しているのを見て、うれしいとともに、なぜか「誇らしい」という気持ちになってしまうのである。