2021年3月4日、ダイヤモンド社デジタルビジネス局とプラスアルファ・コンサルティングはWebセミナー「科学的人事フォーラム 科学的人事でDXを実現する持続的な企業成長のための人材戦略」を開催した。今後、労働者人口が減少する中で、どのように優秀な人材を獲得し、自社で活躍してもらうかは、単純に人事部門の問題だけでなく、経営部門にとっても重要なテーマである。経営戦略と人材戦略を共に進めていくためにはどのようにすべきか。さまざまな角度から、識者が語った。

Part1 座長・伊藤邦雄氏本人が語る「人材版伊藤レポート」のポイント

 イベント冒頭の基調講演では、「いま求められる企業価値を創造する『人的資本』経営」と題し、一橋大学経営管理研究科経営管理専攻の名誉教授で、一橋大学CFO教育研究センター長を務める伊藤邦雄氏が登場した。

 伊藤氏は、2020年9月に経済産業省が発表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」をまとめた研究会の座長を務めた人物。この報告書は「人材版伊藤レポート」とも呼ばれ、日本企業の経営者や人事担当者から大きな反響を呼んでいる。今回の講演は、人材版伊藤レポートを取りまとめるに当たって氏が抱いていた問題意識や、レポートの行間に込めた氏の思いを交えながら、レポートの内容を解説する流れで進んだ。

これまでの日本企業は、本当に「従業員に優しかった」のか

一橋大学大学院
経営管理研究科
一橋大学CFO教育研究センター長
伊藤邦雄氏

 伊藤氏はまず、従来の日本型雇用制度がさまざまな点で制度疲労を起こしている現状を指摘した。その結果、職務内容や労働条件などで事前の合意を得てから働いてもらう「ジョブ型」雇用制度を採用する日本企業も現れている。伊藤氏は、従来の日本型雇用制度をジョブ型に対して「メンバーシップ型」と呼んでいる。

 制度疲労の例として最初に挙がったのが「慣性に基づく楽観主義」だ。経営者が従業員をメンバーや家族のように思い込み、自分に付いてきてくれると楽観視してしまう。その結果、従業員が離職するという事態に対する危機感が薄くなっていた。

 さらに、「従業員はメンバー」という思いが「みんな一体なのだ」という思いにつながり、悪い意味での平等を引き起こしていると話す。突出した能力を持つ従業員を選抜して優遇しようとすると、同期の取り残された従業員がかわいそうじゃないかという声が挙がり、結局は同期の社員の待遇を揃えてしまうということだ。伊藤氏はこの悪平等が原因で、経営者が「人材価値」という発想を持ちにくくなったと指摘する。

 悪平等はもう一つ「事業の新陳代謝が遅れる」という大きな問題も引き起こしている。収益が上がらず、業績が低迷している事業を抱え込んでしまうということだ。他社に売却すれば良いものを「彼らはうちに入ってきたんだ、売却してしまってはかわいそうじゃないか」などと抱え込んでしまう。その結果、伊藤氏が「事業の新陳代謝、事業ポートフォリオの最適化で、世界で最も遅れているのが日本企業ではないか」と指摘するような状態になっている。

 さらに、日本企業が好むOJT(On-the-Job Training)は事業環境があまり変化しないときには有効に働くが、ある日突然事業環境が大きく変わる「VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)」時代には適していないという。

 以上の要因が働いた結果、日本企業は従業員の自主性や自立性を削いでしまったと伊藤氏は分析する。「社員は家族」「社員に優しい日本企業」であったはずが、世界139カ国の企業で働く従業員を対象とした調査で、日本企業の従業員エンゲージメント(業務に主体的、意欲的に取り組もうとする意識)が139カ国中132位まで落ち込んでしまった。伊藤氏は「日本企業は本当に人に優しかったのか」「社員のWell-being(ウェルビーイング:一瞬では終わらない、長く続く幸せ)と真剣に向き合ってきたのか」という問題意識がレポートをまとめる際の問題意識としてあったと語る。