橘玲の日々刻々 2021年4月8日

”類は友を呼ぶ”
「経済格差」よりやっかいな「ネットワーク格差」
【橘玲の日々刻々】

「低所得層の子どもは貧しいから大学に行けないわけではない」

 ここまで述べてきたように、人間のネットワークには格差を拡大させ、社会を分断させる傾向が内包されている。これにテクノロジーの進歩やグローバリゼーションなどの要因が重なり、社会活動から脱落してしまうひと(その多くは中高年の男性)が増えてきたことが世界的に大きな問題になっている。

 同じ作業をするのに、現代では1980年代後半のわずか40%の労働しか必要とされない。アメリカの農業従事者は、19世紀初頭の人口の約70%から現在の2%付近にまで減少した。だがこれは、自由貿易(グローバル資本主義)が引き起こしたわけではない。1999年から2011年のあいだにアメリカの製造業で失われた職のうち、中国からの輸入増加によるものは10%から20%にすぎず、大部分はテクノロジーの変化によるものだった。

 大卒と非大卒の収入格差は1950年代で50%だが、現在ではおよそ100%(2倍)に広がった。大卒就労者の所得が増加し、高い学歴をもたない就労者の所得が低下したのだ。中間層が担ってきた仕事が失われる一方で、設計やマネジメントなど高レベルのスキルを必要とする業務と、高い教育や経験が備わっていなくても働ける日常業務の両極端で労働需要が伸びている。

[参考記事]
●非大卒の白人はなぜ絶望死するのか? 白人労働者階級を苦しめる「全面的な人生の崩壊」

 トマ・ピケティは『21世紀の資本』(みすず書房)で資産効果による不平等を指摘したが、これは多額の株式や不動産を保有するトップ1%の話で、その下の層の「格差」は労働所得のちがいからきている。トップ1%の賃金は1970年代初頭の2.5倍以上に増え、トップ5%は倍増、トップ10%では4.5倍以上に増えた。しかし下位60%では、同じ時期の賃金上昇率は3割程度にとどまっている。不平等の拡大は、人口の大きな部分を占めるグループの相対賃金の変化から説明できるのだ。

 20代後半の大学卒業者の割合は、アジア系が72%と驚くほど高く、白人54%、アフリカ系32%、ヒスパニック27%となる。この大きな差を生むメカニズムは複雑で、「家庭の所得、民族、親の学歴、文化、コミュニティの雰囲気」などが互いに関連している。

 ここで興味深いのは、「低所得層の子どもは貧しいから大学に行けないわけではない」との指摘だ。アメリカの高等教育のコストがきわめて高いのは間違いないが、これはいわば「店頭表示価格」で、これをそのまま支払っているのはすべての学生の3分の1に過ぎない。さまざまな助成金や研究補助金、奨学金その他の支援制度があるからで、アメリカの4年生私立大学の平均見積もり費用(生活費を含む)は年4万4000ドルだが、実際に支払われた平均額は2万6000ドルだった。

 こうした支援制度は、世帯所得が低い学生ほど手厚くなる。4年生公立大学では、所得の高い方から4分の1の層が実際に支払った授業料および諸経費の平均は年6330ドルだが、所得の低い方から4分の1の層では「マイナス」2320ドルだった。この「マイナス」は、低所得層では授業料や諸経費を上回る助成を受けて、年25万円(月額2万円)程度を生活費に回していることを示している。

 その結果、所得によって大学の選択が制限されるのはアメリカの家庭の8%以下にすぎない。問題は「経済格差」ではなく、それを生み出すネットワーク効果のちがいなのだ。

子どもの育った場所が収入や人生にどう影響するか

 「時代遅れになった機械は捨てたりリサイクルしたりできるが、時代遅れになった労働力を社会はどうすればいいのだろう」とジャクソンは問う。元凶がネットワーク効果である以上、富裕税やMMT(財政支出)などお金の分配方法ばかり議論しても意味がない。重要なのは「非移動性と不平等を拡大再生産しかねない基本的な社会構造」を改善することだ。

 そこで最後に、「家庭の幸福が地域にどう影響するか」を調べるために1990年代に行なわれた「機会への移住実験プログラム」を紹介しよう。

 実験に参加したのはアメリカ各地(ボルチモア、ボストン、シカゴ、ロサンゼルス、ニューヨーク)の公共住宅に住む4600家族で、次の3つのグループにランダムに割り振られた。

(1) 家賃補助券を受け取るが、それはより貧困度が小さい(いまよりもゆたかな)地域でしか使えない。このグループは、家賃補助を受けるためにはもうすこし富裕な地区に引っ越さなければならない。

(2) どこでも好きなところで使える家賃補助券を受け取る。同じ地域にとどまることができたので、ほとんどは家賃を節約するだけで引っ越さなかった。

(3) 家賃補助券を受け取れない対照群。

 その後、アメリカ国税庁による納税データと合わせて、子どもの育った場所が収入や人生にどう影響するかが追跡調査された。それによると、条件付き家賃補助券をもらって引っ越したグループの(転居時点で13歳以下だった)子どもは、20代半ばに達したときの収入が、補助券をもらえなかった対照群の子どもより約3分の1以上高くなっていた。転居時点で8歳だった子どもが受けた利益は、生涯収入で30万ドルと見積もられている。同様に、大学に進む確率が6分の1高く、通う大学のランクは大幅に上がり、貧しい地域に住んだり、子どもの誕生時にひとり親になる確率は小さかった。

 それに対して、どこでも使える(より有利な)家賃補助券を受け取ったグループでは、なにももらえなかった対照群と比べてさほど大きな利益は得られなかった。より正確には、対照群より改善はしたのだが、そのプラス面のほとんどはわざわざ富裕な地域への引っ越しを選択した世帯の子どもたちがもたらしたものだった。子どもの将来に影響を及ぼしたのは経済的支援ではなく、子どものネットワーク環境を変えることだったのだ。

 ひとはみな、住んでいる地域やコミュニティから大きな影響を受けている。どの大学に進んだかを考慮に入れない場合、低所得家庭と高所得家庭の卒業生の所得の中央値には25%の開きがあるが、同じ大学、同じ科目で比較するとこの差は10%に縮まる。

 ダートマス大学では、学生の就職は、新入生のときからの寮友の就職率と相関していた。寮友たちが無職から就職済みに変わると、本人の就職率は平均的な学生と比べて24%上がる。寮友たちが1ドル多く稼ぐごとに、本人の収入は26セント増えた。寮友たちの状況が変わると、これに呼応して、就職や給与の約4分の1に変化が見られた。

 転職にあたっても、よいネットワークをもっていることはきわめて重要だ。なぜなら雇用者にとって、いまいる従業員の友だちこそが探している種類の人物だから。ジャクソンは、「特定の種類のソフトウェアを設計できるプログラマーを見つけるのに、現在すでに関連ソフトウェアをつくっているプログラマー以上にあなたに役立つアドバイスができる人がいるだろうか」と述べる。

 さまざまな社会問題が「ネットワーク格差」から生まれるとしたら、どのような政策が考えられるだろうか。

 誰もが思いつくのは「ネットワークの機会を平等にする」だろう。たしかにイスラエルのキブツ(生活共同体)のようなコミューンで子どもを育てれば、強制的に格差は縮小するだろう。だが、マルクス主義的なコミューンの理想がうまくいかないことは歴史によって証明されている。

 一部のリベラルに人気のあるベーシックインカム(最低所得保証)も、非移動性の根底にある不公平で非生産的な機会格差には対応できない。理想主義者は同意しないだろうが、「社会を望みどおりの方向へ動かそうとする大規模なソーシャル・エンジニアリングには大失敗の歴史が満ちているし、みなを同じように機会に向かって進ませることはできない」のだ。

 こうしてジャクソンは、「人のネットワークを理解してこそ私たちは、接続性の向上を、社会を分断させる災難ではなく、集合知と生産性の向上に役立つ恩恵として活用していけるのだ」というきわめて穏当な提言で本書を締めくくる。「経済格差」については議論百出だが、よりやっかいな「ネットワーク格差」についての議論はまだ始まってもいないのだ。

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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