先行きが不透明なコロナ渦。変化に対応すべきなのはわかっているが、具体的にどうすればいいのか?
そんな人に読んでほしいのが、東大卒プロゲーマーときどさんの著書『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0』だ。本書では、格闘ゲームの環境の変化によって、全く勝てなくなったときどさんのV字回復の軌跡を紹介。「圧倒的に変化が激しい」eスポーツの世界で戦うために必要なことを突き詰めていくと、ビジネスの世界でも応用できるエッセンスが見えてきた。

「勝てれば手段は何でもいい」と考える人より「自分の信念にこだわる」人の方が実は強い深い理由Photo: Adobe Stock

キャラクターは選手の相棒

 格闘ゲームにおけるキャラクターとは、プレイヤーにとっては大切な相棒です。プロゲーマーもそれぞれが自分のこだわりを持って、キャラクターを選んでいます。使用キャラクターが一部プレイヤーのトレードマークとして扱われることも珍しくはありません。選んだキャラクターを長く使い続けることで、他の人には真似できない独特のプレイや強さがにじみ出てくるからです。

 プロゲーマーの梅原大吾選手、ウメさんなら、「リュウ」という空手をベースにしたスタイルで戦うキャラクターがその代名詞となっています。リュウは「ストリートファイターシリーズ」を通しての主人公です。ウメさんはストリートファイターシリーズを25年以上トッププレイヤーとして遊び続けているレジェンドで、今でもバリバリの現役です。ウメさん自身がまさに「Mr.ストリートファイター」ですので、これはばっちりハマっています。

 2019年のEVOで優勝し世界一になったボンちゃん選手、彼のトレードマークはムエタイ使いの「サガット」です。ストリートファイターⅣで格闘ゲームコミュニティーにデビューしたボンちゃん選手は、同タイトルをほぼサガット一筋で戦い抜きました。本人の愛着も並々ならないものがありますし、ファンもそれを支持しています。勝負強く重厚なプレイスタイルで、今や押しも押されもせぬ存在のトッププレイヤーです。

 ももち選手のトレードマークは「ケン」と「コーディー」。ケンは主人公リュウの同門のライバル。コーディーはもともと、90年代に爆発的ヒットとなったゲーム「ファイナルファイト」の主人公。アメリカ人のストリートファイターです。ももち選手は一流のゲームセンスの持ち主で、天才と称するファンもいるほど。どんなキャラクターを使っても唸る切れ味がありますが、中でもケンとコーディーは本人のプライドを感じるプレイを見せてくれます。

 しかし、トレードマークとなっているキャラクターを使い続けられるとは限りません。現に「ストリートファイターⅤ」においてウメさんたち3選手は、先に挙げたキャラクターをメインキャラクターとしては使用していません。その理由は「キャラ差」にあります。キャラ差とは、ゲームが発売された時点で決まっているキャラクターの強さの違い。いくら、彼らが強いプレイヤーだとしても、リュウやコーディーでは、なかなか勝てないのです。

こだわりの持つ底力

 プロが大会において本気で勝つことを目指すのであれば、一定の水準をクリアしたキャラクターをメインに使用せざるを得ません。水準に達していないキャラクターで優勝しろというのは、高校野球レベルのチームでプロチームに勝てというようなものです。一発勝負ならチャンスはありますが、プロは年間で何百試合と対戦をします。これほどの試行回数ではどんなに腕がよくても、キャラクター性能からあまりにも乖離した結果が出ることはありません。彼らほどの実力者であってもリュウやコーディーでは腕だけでカバーしきれない性能差があるのです。

 ですがボンちゃん選手のサガット、ももち選手のケンであれば、ワンポイントリリーフとして大会の場で出してくることがあります。サガットとケンであれば何とか戦える状況が存在するからです。

とはいえ大会は遊びの場ではなく、賞金やプロとしての地位に関わる場。いくら熟練度が高くて何とか戦えるとはいっても、そこでわざわざ劣ったキャラクターであるサガットやケンを出す理由が普通はありません。ですから、これが普通の選手であるなら、僕らプロゲーマーは一種の奇策として受け止めます。

 しかし、ボンちゃん選手のサガット、ももち選手のケンの場合は身構えます。彼らの使うサガットやケンには、並々ならぬこだわりが詰まっている。単なる奇策と断じるほど軽くはない何かがあるとわかっているからです。

 オーディエンスも期待にざわつきます。それは「ただのサガットやケン」ではない。何を見せてくれるのだろう? そのような期待が、いっきに会場を包み込み、インターネット視聴のコメント欄も、大いに盛り上がります。

 試合が始まると、やはりすごみのあるプレイを彼らは見せつけます。本当は一線級の性能があるキャラクターなのではないか。そう錯覚するほどです。

「キャラ差」とどう向き合うか

 格闘ゲームにおけるキャラクター選びが、どうして問題になるのか理解できない人もいると思います。好きなように選んでいいのであれば、勝つために最強ランクのキャラクターを選べば済むからです。強いキャラクターがいるのに、わざわざ弱いキャラクターにコストを投じるのは、普通に考えたら意味がありません。

 にもかかわらず、多くのプレイヤーたちが単純な強弱による割り切りではなく、好き嫌いを優先することは珍しくありません。好みのキャラクターで遊べば、何よりそのゲームを楽しく遊べます。楽しければやる気も出るし、練習もはかどります。練習を積めば当然うまくなり、その結果勝てるようにもなります。また丁寧で緻密なプレイだったり、思い切りのいいプレイというものは、性格がそのまま反映されています。自分らしいプレイを表現するのに最も適したキャラクターを選択する。そういった点からも、単純に最強ランクのキャラクターを選択することにはならないのです。

 競技性において、キャラクターの能力差というのは避けようのない矛盾かもしれません。しかしキャラクターがその個性をぶつけ合うことが格闘ゲームの面白さの中核でもあるのです。

 若いころの僕は、キャラクターを「勝つための道具」として割り切っている側のプレイヤーでした。特にゲームセンターが中心の90年代には、現在の水準では戦えないとされるランクのキャラクターで戦い抜こうとする人が大勢存在しましたが、僕は「どうして強いキャラクターを選択しないのだろう」と不思議に思っていました(今になってみれば、彼らは心から格闘ゲームが好きだったのだと理解できます)。

 当時の僕はプレイ内容に対する強いこだわりや理想のイメージは特になく、とにかく勝てばいいとシンプルに考えていました。

豪鬼を使うプレイヤーで一番になりたい

 大きな転機になったのは、第1章でも書いた、ももち選手に大逆転負けをした試合です。僕の使用するキャラクターは「豪鬼」。ももち選手は「ケン」。キャラクター同士の相性は僕が大きく有利だったにもかかわらず、敗退しました。僕の豪鬼は、ももち選手にとってのケンのような相棒になっていなかった。実力だけではなく、キャラクターへの思い入れでも負けていたのです。

 今でも僕は、豪鬼を使用しています。前作である「ストリートファイターⅣ」から本格的に使っていて、10年の付き合いになりました。選んだ当初は、まさかこれほど長い付き合いになるとは考えていませんでした。「ストリートファイターⅤ」においては最強の一人と目されるキャラクターですが、昔とは違い、性能だけで選んでいるつもりは毛頭ありません。

 勝てなくなったらキャラクターを変えればいい。キャラクターを勝利の道具としか考えていなかったころは、そう思っていました。しかし、ももち選手との試合や、スランプに陥って四苦八苦した経験が、少しずつ僕の意識を変えていきました。いいときだけでなく悪いときも豪鬼を使い続けてきたことで、キャラクターへの思いが深まっていったのです。

 豪鬼を使うプレイヤーの中で一番になりたい。豪鬼を強いという理由だけで選んだ過去の自分には負けたくない。今の僕はそんな強い思いを抱いています。

 ただ勝つのではなく、僕も先に挙げたプレイヤーたちのような熱い思いのこもったプレイで、豪鬼のポテンシャルを引き出したいのです。

 ずっと使い続けているものの、まだ僕が豪鬼の持つ潜在能力をすべて引き出しているとはいえません。豪鬼には、まだまだ「伸びしろ」があります。それだけやりがいがあるということです。以前の僕は強いキャラクターに「使われて」いました。これからは僕がキャラクターを「使いこなす」ことで、キャラクターの持っている可能性を示したい。これは僕自身のこだわりであると同時に、プロゲーマーとしての責務でもあります。実際にはまだまだ道半ばですが、少しずつ手応えも感じています。

(※この記事は『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0』からの抜粋です)