橘玲の世界投資見聞録 2021年6月3日

世界でもっとも危険で「国家破産」状態の
ベネズエラを生んだのは「左派ポピュリズム」
【橘玲の世界投資見聞録】

ハイパーインフレとは給料がどんどん下がっていくこと

 「268万%のハイパーインフレ」でも、なぜディスコテカで若者たちが踊り騒ぎ、スーパーには商品が並んでいるのか。それにもかかわらずなぜ、膨大なひとびとが国を捨てて出て行くのか。

 その理由は、北澤氏の2度目のベネズエラ訪問でようやくわかった。今回は空路で首都カラカスを訪れ、休校になった日本人学校の管理人をしている男性などからベネズエラの生活を聞くことができた。下の表は、こうした取材から北澤氏が作成したベネズエラの月額最低賃金の推移だ。

 これを見ればわかるように、2012年には月額3万円だった最低賃金は、翌年には1万3000円、その1年後には5700円と半額以下のすさまじいペースで下がっている。北澤氏がカラカスを訪れた2019年には200~400円と7年前の100分の1になってしまった。

 これは、物価のすさまじい上昇に賃金の上昇が追いつかないことを示している。モノの値段が上がるのは通貨(ボリバル)の価値が暴落したからだが、これは外貨(ドル)建てならモノの値段は変わらないということでもある。メリダでもカラカスでも、日本円に換算すると商品の価格がとくに高いわけではないのはこれが理由だ。

 ハイパーインフレでは、現地通貨(ボリバル)建てではモノの値段が急激に上がっていくが、外貨(ドル)建てでは物価は安定している。この状況を現地のひとたちは、「給料がすさまじい勢いで下がっていく」と感じるのだ。

 そう考えれば、ひとびとが雪崩を打つように近隣諸国に出国する理由がわかる。コロンビアやブラジルなどで働いて現地通貨で収入を得れば、同じ仕事でもベネズエラ(月収300円)の数十倍から100倍以上の価値になるのだ。

 しかしこれは、現地通貨でしか収入を得られないひとの話で、アメリカなど海外にいる家族から外貨建ての送金を受けたり、資産を外貨建てで保有している富裕層の生活は、(物価上昇の影響を受けないのだから)以前とさして変わらない。高級住宅街で暮らす彼ら/彼女たちは、高級スーパーで買い物をし、レストランで食事を楽しみ、夜はディスコテカに踊りに行くことができる。

 しかしそれでも、すべての庶民が国を捨てるわけではない。このひとたちは月収300円でどうやって生きているのだろうか。

 9カ月後に再度カラカスを訪れた北澤氏は、ディナという女性の世話になった。コックの夫はコロンビアに単身で移住したが、彼女はカラカスに残って路上でジュースを販売している。

 北澤氏によると、ディナがカラカスに残っている理由は2つある。1つはジュース販売がそれなりの利益になることで、北澤氏が同行した日の売上は1日390円、天気のよい日は1日1000円を稼ぐときもある。月収300円ではとうてい生活できないが、インフォーマル経済はそれなりに成り立っており、なんとか生きていくことができるのだ。

 もう1つの理由は、好立地にある5階建てマンションの部屋の権利を守るためだ。95年に賃貸契約したが、2014~15年に政府が買い上げて分譲になることに決まった。だが政府がビルのオーナーに資金を払っていないため、不動産の権利があいまいになっている。

 こうした場合、家を空けているあいだに誰かに占有されると、その部屋に住む権利が奪われてしまう。そのため夫が海外で働き、妻がカラカスで家を守ることになったのだという。

 「国家破産」したベネズエラではさまざまな異常なことが起きているが、その環境のなかで、ひとびとはせいいっぱい合理的な選択をしている。その結果、国を出るひともいれば残る者もいることになるようだ。

「ラテンアメリカの民主主義の模範国」と言われたベネズエラはなぜ凋落したのか?

 豊富な石油資源に恵まれ、かつては「南米でもっともゆたか」といわれたベネズエラは、なぜこんなことになってしまったのか。そんな疑問にこたえてくれるのが、坂口安紀氏の『ベネズエラ 溶解する民主主義、破綻する経済』(中公選書)だ。坂口氏は日本には数少ないベネズエラの専門家で、チャベス政権下の2009~2011年にカラカスで生活した経験もある。

 これも詳しくは本を読んでいただくとして、ベネズエラが崩壊する経緯を私なりにまとめると次のようになる。

 1990年はじめまで「ラテンアメリカの民主主義の模範国」とされていたベネズエラだが、政官財が二大政党を政権交代させながら既得権を守ることが常態化し、国民の反発と政治変革への期待が高まっていた。

 ウーゴ・チャベスは1992年の失敗した軍クーデターの首謀者として名を知られてはいたものの、1998年の大統領選では支持率9%の泡沫候補でしかなかった。ところが有力な独立系候補を既成政党が支持したことで人気が急落し、どの政党からも支持されなかったチャベスが当選してしまった。有権者は「独立派」なら誰でもよかったのだ。

 大統領就任後、チャベスは英雄シモン・ボリバルの名を冠した「ボリバル革命」を実現するとして、国名を「ベネズエラ共和国」から「ベネズエラ・ボリバル共和国」へと改名し、「各種NGOと住民組織など多様な市民社会組織や住民が政治に直接参加する仕組み」の導入による「国民が主人公の参加民主主義」をめざすと宣言。憲法移行体制の名目で、国会、最高裁、国家選挙管理委員会、州議会など、旧憲法で任命されたすべての国家権力を解散、あるいは無効にした。

 新憲法の下での大統領選挙と国会議員選挙にはなんとか勝利したものの、その後の経済状況の悪化もあってチャベスの支持率は急速に下がった。この急進的な改革に主流派(政官財界)は強く反発し、2002年4月11日、市民の反政権デモの鎮圧に国軍の投入を命じたことをきっかけに、それを拒否する軍高官がチャベスに辞任を求める事態に至った。

 この政変でチャベスはカリブ海の島に移送されたが、暫定大統領となった財界人が軍の信認を得られずわずか2日で政権を放棄。島からヘリコプターで救出され、支持者らが待つ大統領府に降り立ったチャベスは熱狂的に迎えられた。

 このチャベス追放の「クーデター」をアメリカが支持したことで、チャベスは「反米」を明確にし、キューバのカストロやリビアのカダフィ大佐に急速に接近した。さらに、二度と政権の座を追われないよう極端な政策を矢継ぎ早に導入していく。

 まず、選挙管理委員会を支配し、大統領不信任の署名から反チャベス派を特定した。「タスコン・リスト」と呼ばれる反チャベスの名簿に名前が載っていると、公務員は解雇され、パスポートの申請や国営銀行からの融資を拒否されるなどの社会経済的差別を受けた。

 次いで、「バリオ」や「ランチョ」と呼ばれる貧困層居住地域の支持を固めるために、「ミシオン(任務)」と名づけられた大胆な貧困対策を実施した。原油価格の上昇を追い風にして、ミシオンは低価格での食糧販売、無料の医療、教育、貧困層向け住宅建設などを次々と実施し、貧困世帯率は大幅に改善した。市予算のうち、コミュニティ開発にかかわる部分の意思決定に住民代表が参加する「公共政策企画地方評議会(CLPP)」や地域住民委員会も創設されたが、その高い理念とは裏腹に、反チャベス派市民による同委員会の登録は事実上閉ざされていた。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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