橘玲の世界投資見聞録 2021年6月3日

世界でもっとも危険で「国家破産」状態の
ベネズエラを生んだのは「左派ポピュリズム」
【橘玲の世界投資見聞録】

チャベス政権の末期以降、標準的な経済学が否定する政策をすべて実行し、「国家破産」へ

 チャベスが2013年にがんで死亡し、副大統領のニコラス・マドゥロが跡を継ぐと、ベネズエラの状況はさらに混迷の度を増していく。

 2015年の国会議員選挙で大敗を喫したチャベス派(マドゥロ政権)は、最高裁を使って違憲判断を乱発し国会の立法権を否定した。国会が判決を拒否すると、最高裁の決定を遵守しないのは「不敬」だとして国会全体の権限が無効化された。

 「権力分立は国家を弱体化させる」を名目に、毎週金曜日に最高裁裁判長、検察庁長官、国会議長などが副大統領府に集まり、裁判の方向性が決められた。それを批判した裁判官は、法的根拠がないにもかからず10年間拘留され、「精神的汚職」という法律にない罪状で有罪判決を受けた。

 2017年、マドゥロ大統領は突如として新憲法制定のための制憲議会の設置と、そのメンバーを選出するための選挙を行なうと発表した。これに反政府派が反発し、選挙をボイコットしたため、すべてがチャベス派で占められる制憲議会と、反政府派が多数を握る国会が併存することになった。2019年、国会が暫定大統領にフアン・グアイドを選んだとことで、2人の大統領が並び立つことになった。

 この間、ベネズエラ経済は急速に悪化していた。チャベスはベネズエラ国営石油会社(PDVSA)を私物化し、中央銀行に無制限に資金を出させたため、石油価格の高騰にもかかわらず国家債務は急速に膨張した。

 食料不足や住宅不足で国民の不満が高まると、チャベスはわずか3年で1000件近い企業を国有化・接収して増産を命じた。だが現実には、電力部門の国有化と過少投資で電力不足が常態化し、製鉄やアルミ精錬の生産は壊滅的レベルに落ち込んだ。

 食料が不足するとチャベスは同じように農地を国有化して接収したが、これによってさらに食糧生産が減る悪循環に陥った。インフレが進行すると、2012年には価格統制が実施され、農家や企業は損をする生産や販売を控えるようになり、経済はさらに落ち込んだ。

 チャベス政権の末期は、(「ネオリベ」と批判されることもある)標準的な経済学が否定する政策をすべて実行する社会実験だった。ベネズエラが「国家破産」に突き進んだことで、経済学の正しさは証明された。
 
 チャベスの死でマドゥロ政権に変わると、経済成長率は2014年以降7年連続でマイナス、2017年以降は4年連続してマイナス幅が2桁となった。戦争や内乱、革命が起きたわけでもないのに、わずか3年でGDPが半減する異常事態だ。

 チャベス政権誕生前に1日300万バレルを超えていた産油量は5分の1まで落ち込み、産油国であるにもかかわらずガソリンが欠乏し、ガソリンスタンドには給油を待つ車が数日間の行列をつくった。国民の64%が平均11キロやせ、「マドゥロ・ダイエット」という言葉まで生まれた。いったんは改善した貧困率は9割を超えたとされる。

 チャベス、マドゥロ両政権で2回のデノミが行なわれ、通貨は「ボリバル」から「ボリバル・フエルテ(強いボリバル)」「ボリバル・ソベラノ(国家主権のボリバル)」に変わり、(1億円が1円になる)8桁のデノミが行なわれた。原油、金、鉄鋼石、ダイヤモンドで裏付けされた(と投資説明書に書かれている)仮想通貨の「ペトロ」まで登場したが、国民にはまったく相手にされなかった。

 こうした事態を改善させたのは、皮肉なことに「事実上のドル化」だった。通貨の信認が失われ国内でドル決済が当たり前になったことで、2019年半ば以降、海外から食料が流入しはじめた。北澤氏がベネズエラで商品の並ぶスーパーを目にしたのは、こうした背景があった。

 国民をさらに苦しめたのは、犯罪の多発だった。1990年までは、ベネズエラはラテンアメリカでは治安のよい国とされていたが、いまや「世界でもっとも危険な国のひとつ」になった。坂口氏がカラカスで暮らした2009年ですら、「夜間車で出かけざるをえないときは、襲われないように赤信号は止まらないのが鉄則である。スマートフォンを狙った強盗も多く、道端で使うのは危険だ。手っ取り早く稼ぐための「エクスプレス誘拐」も頻発する」という状況だった。いまでは治安はさらに悪化し、警察の機能が低下して、「罪を犯してもつかまらない、またはつかまっても有罪にならない」状況になった。

 このようにしてベネズエラは、総人口約3000万人の1割を超す500万人以上の国民が海外に脱出し、シリアに次いで世界で2番目に多い難民を出す国になったのだ。

ベネズエラの現在の異様な状況は「左派ポピュリズム」のなれの果て

 収入が100分の1になってしまったにもかかわらず国民がなんとか生きていける理由のひとつは、マドゥロ政権がCLAPと呼ばれる食料配給制度を実施しているからだ。トウモロコシ、米、食用油などの輸入食料を箱や袋に詰めて市民に配給する制度で、人口の半分近くが受け取っているが、「愛国カード」と呼ばれる電子カードの登録が必要になる。最低限の食料を受け取るために、国民はマドゥロ政権を支持せざるを得なくなっている。

 チャベスからマドゥロに引き継がれた非民主的・独裁的政権はアメリカから制裁を受け、欧米や日本などの承認も得られていないが、それでも存続できているのは中国とロシアが支持しているからでもある。

 中国は「チャイナ・ファンド」で、石油を担保にチャベス政権に600億ドルを超える資金を貸し付けた。中国がベネズエラから距離を置くようになると、アメリカと対抗するロシアが融資に応じるようになった。だが、両国の本音は別のところにあると坂口氏は指摘する。過去の融資が国会の正式な承認を受けたものではないため、政権交代で「民主化」すると、チャベス・マドゥロ時代の債務を「合法的」に放棄される恐れがあり、中国とロシアはそれを避けるために政権交代を阻止せざるを得なくなっているのだという。

 チャベスとちがって軍出身ではないマドゥロは、クーデターを警戒して、軍の高官を政府の要職に抜擢してきた。その結果、大臣経験者の7割前後、工業、インフラ・通信関連大臣では5割が軍人になっている。マドゥロ政権では195人が将軍に昇進し、ベネズエラはおよそ2000人の将軍を抱える国になった。一方、政権に批判的な軍人は政治犯として逮捕・拘禁されている。拷問の末に瀕死の状態で車椅子に乗せられて法廷に出廷した軍人が、直後に死亡することもあった。

 存続できるはずのない政権が存続する奇妙な事態を、坂口氏はこうまとめている。

 汚職や麻薬取引、あるいは拷問や人権弾圧などの人道的犯罪に手を染めてきたチャベス派幹部や軍の高官らは、政権が交代すると法の裁きを受けることが必至である。麻薬取引などの国際的犯罪の場合は、米国に身柄が移され、そこで法の裁きを受ける可能性もある。それゆえ、彼らは是が非でもチャベス派政権を死守しなければならない。

 チャベスの「ボリバル革命」の本質は、愛国主義、反米主義、反資本主義、反エリート主義だった。それを支えたのが、1960年代に革命の夢破れた老齢の元左翼ゲリラや左翼知識人だ。日本でいう全共闘世代の活動家が、青春時代の「革命の夢」を実現させるべくチャベスのもとで奮闘した。

 ベネズエラの現在の異様な状況は、そんな「左派ポピュリズム」のなれの果てだ。日本でも世界でも左派ポピュリズムが勢いを増すなか、ベネズエラは国民の大きな犠牲によって、貴重な教訓を示してくれているのではないだろうか。
 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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