子会社の経営を任せて、マネジメント・トレーニングを強化する

日置 ダイバーシティの本気度も、確かに伝わってきませんね。

松田  「なぜ執行役員に女性がいないのですか」と聞くと、「ワンランク下にはいるんですよ」とか、「次は選任する予定です」という回答ばかり。男女雇用機会均等法の施行から35年たってこの状況です。

 そういう現実がある一方で、先ほど申し上げたように、成功したリーダーであるはずの執行役員たちは、失敗が怖くてチャレンジできないという悩みがある。リーダーが多様な思考を生かしてジャンプできない組織は、足枷をはめられたようなものです。

日置 変化だ、チャレンジだ、多様性だと叫ぶものの、立派な会社にいると心のどこかに根拠なき安心感があり、組織の慣性に引っ張られてしまうのでしょうね。結局、同調圧力が働き、マネジメントは変わらない。

松田 とはいえ、日本企業が全部ダメという時代ではもはやありません。失敗を糧にワールドクラスに比肩するマネジメントを再構築している企業と、そこを目指さない企業との差が出てきています。

日置 その差はどういう点に表れているのでしょうか。

松田 斬新な発想をする役員が率いる企業は進化しています。偶然か必然かはわかりませんが、失われたこの20〜30年の間に同調圧力に屈しなかった方々のほとんどが、海外拠点で組織の長を経験しているんですね。

 彼らは組織を統率する権限と責任を駆使してグローバル市場で戦い、日々修羅場を生き抜くなかで、必然的にマネジメント・トレーニングをしてきました。異文化の組織は、トップマネジメントが機能しなければ崩壊します。そういう修羅場を経験した方たちが帰国して、マネジメント改革に着手した組織の成功確率は総じて高いといってよいでしょう。

日置 1つの成功モデルですね。意思決定をするための要素を把握して、組織を動かし、結果を出した経験があるという。

松田 そうです。そういう意思決定者が、組織の変革を導くのです。海外の子会社は、マネジメント人材が育つ最適な場といえるでしょう。

 海外でなくても、国内の子会社を幹部候補のマネジメント・トレーニングの場とすればいいのです。本社で誰かのジャッジに頼っていたら、マネジメントの視点など備わるわけがない。自分で考え、自分で決めて組織を動かす経験が、責任と権限の意味を体得させます。すると、臆することなく「これ、違うんじゃないですか」と発言するようになる。そういう人材の質・量をどこまで上げるかという局面に入った組織は、変革が加速します。

日置 マネジメント人材のマインドセットですね。

松田 この20~30年間は、そういう伸び盛りの人材が圧倒的に不足していました。別の言い方をすると、育て方がわからないから、パターン化していました。

日置 日本という国自体の成長が止まり、基本的にはリストラクチャリングモードですので、「成長体験」が得にくいということも人材を育成するうえでの大問題ではありますが、これまでと違うマネジメント人材が出てくると、「これは行けるぞ」という自信につながります。個人差はあるでしょうし、たまさかの僥倖かもしれませんが、ロールモデルは活用しないと(笑)。

松田 グローバル化で先頭を走る日立製作所の変革がどこから始まったかといえば、川村隆さんでした。川村さんは、もともと大変素晴らしい方ですが、いったん子会社に行った後で本体の改革を大胆に行いました。能力の高い人材を選抜する、適切な場を与える、という当たり前のことを粛々と行うことが大事ですし、若い人材もそれによって育つのです。

日置 若い頃の苦労は買ってでも、と昔の人はいいことを言ってましたね。

松田 人を育てるのに大事なことは、昔も今も、環境が変わっても、同じです。

 企業変革を成功させたトップにお会いしたとき、「何があなたの成功体験ですか」「どうしたらあなたのようになれるんですか」とお聞きしています。興味深いことに、彼らは20代でマネジメント経験を積んでいるんです。海外法人、工場の生産現場、顧客接点となる営業拠点などさまざまですが、そこでマネジメント視点を得ると、好むと好まざるとにかかわらず、事業や企業組織の見方が進化します。20代、30代をオペレーション視点で過ごした人は、40代になってマネジメントをしても手遅れです。この差は決定的だと思います。

日置 デュポンやGEなどのワールドクラスは、それを意図的に仕込んでいますね。それも、「子会社の社長」のようにリーガル・エンティティや肩書に依存することなく、リーダーシップポジションを定義し、経験を積ませます。似たようなケースは日本企業でも散見されますが、属人的だったり、偶然の産物だったりします。やはり、仕組みがないと、マネジメント人材の母数の違いや、経験知がもたらす質の違いという面で差が出ますね。

松田 おっしゃるとおりで、仕組み化は日本企業の弱点です。企業内大学や研修もいいのですが、トップが変わると戦略も人材育成方針も刷新される。「組織として人を育てる」という機能に断絶があるんですね。