◇マイ・ストーリーの作り方

 著者が大学の授業で力を入れているのは、学生たちの「考える力」を伸ばすことだ。大学の授業では、経済の用語や仕組みを理解し、正確に覚えることを重視する。しかしそれよりも、なぜそういう仕組みになっているのか、どうすればもっといい仕組みができるのかと、自分の頭で「考える」ことのほうが大切だ。自分の頭で考えて、自分なりの意見、結論を出していく過程を、著者は「マイ・ストーリー」と名づけている。

 マイ・ストーリーを作る上で大切なのは、「川を上り、海を渡ること」だ。川を上るとは、「そもそもそれってなんだろう?」と、成り立ちや歴史的経緯を探ること、海を渡るとは、「他の国ではどうしている?」と他国と比較することだ。一行のニュース記事をただ読むだけでは十分でない。その裏側にある事実、データ、歴史、関係性を料理の材料のように並べた上で、自分の中に蓄積された経験や肌感覚をスパイスにして、考えを巡らせる。そこではじめて「マイ・ストーリー」が紡がれる。

 絶対的な正解がない世界で戦っていくためには、記憶力だけでは太刀打ちできない。多くの価値観を知って理解した上で自分なりの答えを導き出す、マイ・ストーリーを語る力が求められているのだ。マイ・ストーリーを語る力があるとは、自分の頭で考える習慣があり、考えるための軸をもっていることである。

◆川を上り、海を渡って考える
◇こころに縁側を

 これからの時代は、横並びの競争の中で少しだけ頭を出すレベルの優位性である「コンペティティブ」ではなく、本質的な有能さを意味する「コンピタント」な優位性を備えることが必要だ。コンピタントな自分に変わるために求められる力の一つが、応用力である。

 例えば、「置き薬」のようなオフィス向け菓子「オフィスグリコ」のビジネスモデルは、路上の野菜即売所がヒントとなり、応用されたものである。目の前のコトやモノに関心を示し、疑問を抱くことで、潜んでいる意味を掘り起こすことができる。

 松下幸之助は多くの名言を残した。その中でも、著者が一番好きな言葉は、「こころに縁側を持て」だ。縁側とは、家の「内側」であると同時に「外側」とも言えるような場所である。だから、こころに縁側を持てとは、「あいまいさを許容しましょう」ということを意味する。社会が多様化して、これまでの一つの常識ではとらえきれなくなってきているため、「こうあるべき」と絶対的な正しさでとらえるのではなく、白黒つけずに、「縁側」のようなあいまいな部分を余白として持つことは、世の中を寛容に受け止める思考のスペースになり、心の余裕にもなるだろう。