高齢者の財産を守る
成年後見制度と家族信託

 また、認知症を発症し、本人に判断能力がないとみなされると、本人の資産は凍結され、判断能力のない状態で行った契約行為は法律上無効となり、財産の管理・運用・処分ができなくなる。そのため、たとえば管理費や修繕積立金を支払うためであっても、誰かが代理で預金を引き出すことはできず、もちろんマンションの名義変更や売却などもできない。さらに、相続の場面でも遺産分割協議ができなくなり、子どもであっても親の財産を動かすことができなくなってしまうのだ。

 このように、判断能力を失った高齢者が不利な契約を結ばされないために、また本人の財産を守るために、家族や親族は「成年後見制度」や「家族信託」という制度の活用を考えておくべきだろう。

 成年後見制度とは、認知症や病気により判断能力を失った人が不利益を被らないように、法律が認めた成年後見人等が代理し、被後見人(以下は「本人」という)を保護、支援する制度のことだ。

 成年後見制度には「法定後見制度」と「任意後見制度」がある。法定後見制度は、本人の判断能力がすでに不十分な場合、家庭裁判所によって後見人が専任される制度で、本人の判断能力に応じて「後見」「補佐」「補助」という3つの類型がある。それぞれ「成年後見人」「補佐人」「補助人」と呼ばれ、権限も違うが、ここではまとめて成年後見人として説明していく。

 成年後見人には、大きく次の二つの役割がある。

 1.財産管理
 2.身上監護

 1.は、本人に変わって、財産の管理を行うことである。内容は、預貯金の管理や年金・給与の受け取り、公共料金や税金の支払い、家賃の支払いや契約の更新、不動産の管理などだ。ただし、成年後見人の権限は本人の財産の「維持と管理」に限られており、たとえば相続対策のための不動産活用や生前贈与、不動産や株などの投資行為は行えない。

 2.は、判断能力が低下することで日常生活を送ることが困難な本人のために、高齢者施設への入居などの各種手続き、治療や入院などの手続きなど、生活面のサポートを行うことだ。ただし、成年後見人が本人を直接介護したり、看護したりすることは含まれていない。

 法定後見制度は、本人の判断能力が低下した後に、申立人が家庭裁判所に申し立てることで後見が開始される。それに対して、本人の判断能力が低下する前に任意後見契約を公正証書で結び、判断能力が低下した後に後見が開始されるのが任意後見制度だ。本人がまだしっかりと物事を判断できるうちに、本人自身が任意後見人を決めたり、財産の管理方法や具体的な支援方法などを指定できるため、本人の希望をかなえやすいという点が特長といえる。

 だが、後見人が専門家(弁護士や司法書士など)の場合には、成年後見人に報酬を支払う必要があり、本人が亡くなるまで後見を継続することが必須なため、家族や親族にとっては負担になることも多い。

 そこで、成年後見制度よりもフレキシブルに財産管理を行える手法として、家族信託がある。その名の通り「家族を信じて財産を託す」制度で、財産を託された家族が柔軟に財産の管理・継承・処分を行うことができる。

 親族以外の第三者が財産を管理する可能性が高い成年後見制度に抵抗があったり、成年後見人へ支払う報酬を節約したいという場合にも有効な制度だが、一番のメリットは本人が認知症になる前から財産管理ができるという点だろう。成年後見人制度の場合、法定後見制度も任意後見制度も、後見が開始されるのは本人が認知症を発症し、判断能力が低下した後に限られるからだ。

 家族信託を活用することで、裁判所や弁護士、司法書士などの専門家に頼ることなく、家族による財産管理が可能になる。たとえば、マンションを売却して、本人を高齢者施設に入居させる元手にすることもできるし、預貯金を家族が管理することで、マンションの管理費や修繕積立金を滞納することも避けられる。

 ただし、原則として本人が認知症になってからでは家族信託の契約はできないため、本人が元気なうちに対策しておく必要がある(任意後見制度も同様)。成年後見人制度も家族信託も、それぞれメリットやデメリット、権限の範囲や内容の違いがあるので、制度の利用を考える場合には、各家庭の事情に応じて専門家に相談するといいだろう。