フェイスブックに熱狂するカンボジアの若者たち
カンボジアの若者たちは今、フェイスブックを通したソーシャルネットワーキングに夢中だ。個人のフェイスブックだけでなく、ショップや企業のフェイスブック・ページも次々にできている。都心で暮らす10代から20代の若者の趣味、ファッション、暮らし、グルメ、ニュースなど、あらゆる情報はフェイスブックに詰まっているといっても過言ではない。
インターネット上の「フェイスブック」に関するデータを調査分析しているソーシャルバンカーズによると、カンボジアで登録されているフェイスブックのアカウント数は、69万を超えた。同社によると、この半年でアカウント数は約20万増えたという。その9割近くが16歳から34歳までの利用者だ。

フェイスブックが、テレビやラジオ、新聞や雑誌などの活字メディアよりもずっと「熱い」媒体であることは、プノンペンのネット事情からも分かる。プノンペンの町を、スマートフォンでWiFiを探しながら走る。すると、大通りだけでなく、どんな路地に入ってもほぼ切れ目なく複数のWiFiのアクセスポイントを拾い続ける。高級住宅街のおしゃれなカフェだけではなく、今や、ローカル食堂でも「無料のWiFi接続」は必須となってしまった。日本へ一時帰国すると、「プノンペンの方がずっと便利」と実感する。
ただしパソコンの普及率は、都心部でも3割程度といわれる。実際、若者たちがフェイスブックを見るのは、圧倒的にスマホが多いようだ。プノンペンでは、スマホはプノンペンの大卒事務職の初任給の4、5カ月分はする。だが、これを持つ10代後半から20代の若者はもう珍しくない。中古品でも高く売れるとあり、アイフォーンを狙った引ったくりや盗みも急増しているほどだ。
どこでも簡単に、無料でネットにつながる。だから、自分の居場所や今起きた出来事、感情を安易に投稿する。「友達の友達は、友達」と、会ったことがない人たちにも遠慮なく「友達申請」を送る。「友達」数百人は当たり前、個人でも1000人を超えるフェイスブック上の友達がいる――。殺害されたスレイピッさんも、そんなフェイスブックのヘビーユーザーだったとされる。

フェイスブック上の情報からは、スレイピッさんがモデルであることはもちろん、実家が裕福なことや、ファッションに興味があることも読み取れたのだろう。キムヘン容疑者は、「一緒にブティックを開こう」とビジネスの話を持ちかけて、自宅に誘ったという。
報道によれば、事件が起きたキムヘン容疑者の家は、プノンペン南部で外国人も多く住む地域だが、そこには「数カ月前に引っ越してきた」という。隣人は「ほとんど口をきかない、おとなしい人だった」と印象を語るが、一方で高級車を自ら運転して出かけたり、複数の友人が出入りして飲み食いをしていたようだ、との証言もあった。
フェイスブック、若者に人気の「スパイ・ワインクーラー」、持ちかけられたビジネス話。事件には、プノンペンの若者を魅了するキーワードがまるで「三題噺」のように並ぶ。
事件後、スレイピッさんの夫は葬儀で「妻の死は社会に対する警告だ。もうフェイスブックを使わないで欲しい」と、心情を吐露したという。フェイスブックだけが事件の要因ではないが、個人情報の安易な拡散や、表層的な言葉のやり取りが、危険をはらむことは間違いない。

(文・撮影/木村文)
1966年生まれ。国際基督教大学卒業後朝日新聞入社。山口支局、アジア総局員、マニラ支局長などを経て2009年に単身カンボジアに移住、現地発行のフリーペーパー「ニョニュム」編集長に(2012年4月に交代)。現在はフリー。
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