裕子はなぜリスクを冒して人を殺めたのか

 ――もう観念しただろう。

 大峯は静かに語りかけた。

「申し訳ありませんでした」

 取調室の椅子にちょこんと座り、うなだれた様子の裕子からは、すっかりかつての毒気が抜けていた。

 捜査員の前から忽然と姿を消したあと、彼女は川崎や北海道のソープランドで働き、資金を稼ぎながら逃亡生活を送っていたという。中年女性のなりふり構わぬ逃避行である。

 裕子はなぜ、それまでの人生を台無しにするようなリスクを冒して、人を殺めたのだろうか。

「あんたたちどういう関係なのよ!」

 事件が起きた1995年12月3日午前零時、麻雀店「北さん」で裕子は里美さんを問い詰めていた。裕子の夫・村田隆と松岡里美さんはデキていたのだ。逆に里美さんから激しく喰ってかかられ、逆上した裕子は里美さんが首に巻いていたスカーフを使い、彼女の首を絞め殺害してしまった。

「里美によって家庭を壊されるという危機感がありました」

 裕子は殺害の動機についてこう供述した。

 死体処理に困った裕子は、まず愛人の吉田に電話をかけた。

「死んだ犬をどこかに棄てたいので運んでくれない?」

 だが吉田は、「年末で忙しい」と、一度は依頼を断っている。