現在のようなデジタル広告の世界では、トラッキングができなければ、広告のパフォーマンス(実際の商品やサービスの購買に結びつく効果)が低下するため、これを嫌う広告主はiOSを避けて、ATTが導入されていないAndroidのアプリへの広告出稿を増やすことになる。出稿量が増えれば、需要と供給の関係からAndroid向けの広告料も急騰し、トータルとして広告費が急増しているというわけだ。

 The Wall Street Journalの記事“ After Apple Tightens Tracking Rules, Advertisers Shift Spending Toward Android Devices”によれば、6月の1カ月間だけでも、iOS向けのモバイル広告出稿は約3分の1に減少し、Android向けは逆に10%増加したという。特にFacebookに対する5月と6月の前年同月比の広告支出額は、iOS向けが42%増から25%増へと17ポイント下落したのに対して、Android向けは46%増から64%増へと18ポイントも上昇し、明暗が分かれた。その結果、Android向けの広告料はiOS向けと比べて30%も高くなったのだ。

「無料ではなく、有料アプリを開発させたい」Appleの覚悟

 iOSでもAndroidでも、無料アプリは、(ホビー的なプログラマーによるものを除けば)広告収入かアプリ内課金に頼っている。ゲーム専門のオンラインメディアであるGamesBeatによれば(“Brian Bowman: Apple’s IDFA change has triggered 15% to 20% revenue drops for iOS developers”)、そのようなiOSのアプリ開発者は、すでに15~20%の収益減を余儀なくされているという。

 ある意味でAppleは、プライバシー保護を推進することによって自分の首を絞めたといえるかもしれない。しかし、同社が広告費をめぐるこのような事態を予想していなかったとは考えにくく、覚悟を持って意図的にトラッキングの制限に踏み切ったと考えるほうが妥当といえる。

 その覚悟とは、サードパーティーに対して、広告モデルに依存する無料アプリではなく、有償、かつ、それに見合う内容を持ったアプリの開発を推進させるというものだ。もちろんAppleにも、無料アプリからは手数料が取れず、有料、あるいはアプリ内課金のあるアプリであれば自社の利益になるという事情がある。一方で、広告モデルに頼る無料アプリに対して、ユーザーから広告が表示される頻度が多すぎるといった苦情が寄せられたり、数の論理で広告収入を増やそうとして似たような内容のゲームが乱発されたりしている(※)ことも事実であり、こうしたことがユーザー体験をおとしめてきた。

 たとえば、AppleのゲームサブスクリプションサービスであるApple Arcadeや、映画・ドラマのサブスクリプションサービスであるApple TV+でも、Appleは数より質を重視した作品を制作させている。同じようにアプリストアでも、クオリティーが高く、きちんとした対価が取れるアプリのみが残ることで、優れたユーザー体験を与えることを狙っているのである。

※スマートフォン用ゲームには、プログラムコードを流用して、キャラクターやステージなどの見た目だけを変えて同じシステムの別ゲームを作り、開発費を安く抑えているものが多い。