・商行為が重要 

「そうした人間同士のあらゆる関係の象徴、人間を尊重する道徳的象徴が商人だ。略奪ではなく価値によって生きる我々は物質的な意味においても精神的な意味においても商人である」

「相手が自発的に選んで結ぼうとする関係以外には何も求めない。取引が成り立つのはかれらの知性を相手にするときであり、またそれが私自身の利害にかない、かつ私の利害が自分の利害と一致すると相手が考えるときだけである」

 ランドは、価値を自発的に交換する市場を積極的に評価し、商行為とたかり行為を弁別した。商行為は、互いの価値を交換してもよい、それぞれが得られる利益が同等と思えるならば、自分の意思と相手の意思の合意によって成立する。商人がお金を稼ぐことが非難される理由はまったくない。これは、合理的な人間をモデルとする経済学の観念に通じる。

政府の介入はほぼ不要
正しくも誤りでもない人間は「悪党」

・政府は最小限のことをやるだけでよい。

「唯一適切な政府の目的は人間の保護、すなわち人民を暴力からまもることだけだ」

 ランドは夜警国家論に基づく最低限の「小さい政府」を志向していた。そして、暴力からの保護以外の行為はすべて不要な介入であると考えていた。

・態度を表明しないのは悪である。

「すべてのことがらには二つの側面がある。一方は正しく、もう一方は誤りだが、中間は常に悪である。誤っている人間はまだしも、選択の責任を引き受けるだけではあっても、真実へのいくらかの敬意を保っている。だが中間の人間は選択肢や価値など存在しない振りをするために真実を抹消し、どんな戦いにも関与しないことをよしとし、無実の人間の血で金儲けもすれば罪人のもとへ這いつくばっていくこともいとわず、強盗と被害者の両方を刑務所に送り込むことで正義を分かち、思想家と愚人に歩み寄りを命じて争いを押しのける悪党である」