六つのPD事例を調査、観察した結果、栄養失調にならなかった子どものいる家庭では、エビ、カニ、青菜を食事に加え、徹底的に手洗いをすることで手を清潔に保っていた。また、他の家庭では1日2回だった食事を、PDのいる家庭では4回ないし5回取っていた。

 PDの調査によって見いだせた解決策を、自分たちが村人に教えるのでは効果がない、とスターニン夫妻は考えた。そこで村人たちを集め、何回かのセッションで、PDから直接学ばせた。PDの実践が、村の常識から外れたものだったからこそ、じっくり話し合い、納得した上で取り入れなければ浸透しないとスターニン夫妻は判断したのだ。

 セッションを重ねるごとに、体重が増加する子どもが増え、夫妻が村に入って5カ月半後には、子どもたちの栄養状態はかなり改善したという。何より、セッションが村に定着したのが大きな成果といえるだろう。外からの援助がなくても、コミュニティー自身が問題を解決できる力を身に付けさせるのが、PDアプローチの主眼である。

PDが浸透しなかったケースでは
何が間違っていたのか

 上記はPDアプローチが成功したケースだが、本書には、PDアプローチの「失敗例」も紹介されている。例えば、製薬企業ジェネンティックの事例だ。

 ジェネンティックは2003年に、慢性ぜんそく患者に効果がある画期的な治療薬、ゾレアを発売した。しかし、発売後6カ月の売り上げは予想をはるかに下回ったのだ。

 経営陣が敗因を探る中で、2人のごく普通の営業担当者が、ゾレアを同僚の20倍も売っていることを知った。「成功した例外=PD」の発見である。

 彼らは、単に薬の性能を医師にプレゼンするだけでなく、自分たちの役割を現場のコンサルタントとして位置づけ、医師と看護師にゾレアを使う際の静脈注射の準備と投与の方法について説明し、事務員には治療にかかった金額を保険会社から確実に払い戻してもらうための専用書類の書き方を教えたりもしていた。

 この「PDの発見」のプロセスまではよかった。問題はこの後だ。経営陣は、この2人の行動を「ベストプラクティス」として、各地域の営業担当者にメールで一斉送信。同じ方法を取るよう指示したのだ。さらに、PDである2人の営業担当者は同僚から切り離し、独立して活動させた。

 結果、せっかくのPDの実践は社内に十分に浸透せず、ゾレアの売り上げはほんのわずかしか改善しなかった。

 先に紹介したベトナムの村の事例と比較すれば、ジェネンティックの何が問題だったのかがおのずと分かるはずだ。コミュニティーや組織(の現場)が自ら問題解決を学ぶのではなく、トップダウンでベストプラクティスを押しつけたのが問題に他ならない。