川の流れは変わったが、まだ暴れ川の勢いが完全に消えたわけではなかった。すると、違う武士たちが「川の底に阻害物をつくったらどうでしょうか?」「いっそのこと川を二つに引き裂いたらどうでしょうか?」などと提案してきた。

 信玄は「実行してみなければ、その案がいいか悪いか判断できない」という実証主義を持っていたので、武士たちの案を実行させた。

 工事を続けているうちに、がむしゃら武士たちはしだいに「信玄様がなさっているのは川を鎮めるためだけではないぞ。オレたちの性格を直すおつもりなのだ」と悟った。

 実際、そのとおりだった。信玄の狙いはまさにこれらがむしゃら武士たちの自覚を促すことにあった。がむしゃら武士たちの性格が次第に変わってきたのだ。今までは何が何でも猪突していた連中が、その前に考え、慎重になってきた。

 つまり、「自分がおかれた状況の中で、これを解決するために一番いい方法は何か」という選択肢を用意するようになったのである。さらに、その中から一番いいものを選び取るという判断力を身につけはじめた。

 領内を流れる暴れ川を人間に見立てながら、その改造案をそれぞれに出させながら実行していく信玄のリーダーシップは、がむしゃら武士たちを、やがて“考える武士”に仕立てていったのである。