橘玲の日々刻々 2021年8月12日

欧米や日本のような「リベラル能力資本主義」では
「上級国民(エリート)」と「下級国民」に社会は分断される
【橘玲の日々刻々】

2010年代の中国の不平等水準はアメリカの不平等を顕著に上回った

 リベラル能力資本主義と対立する「政治的資本主義」は中国に代表されるが、ミラノヴィッチはこれを「後進の被植民地国が封建制を廃止し、経済的政治的独立を回復し、固有の資本主義を築くことを可能にする社会システム」と定義する。東ヨーロッパなどもともとゆたかな国で社会主義(ソ連による遠隔支配)が失敗し、中国やベトナムのような後進国で成功したのは、共産主義とナショナリズムの一体化によって封建主義から土着資本主義への転換ができたからだというのだ。「植民地化された第三世界における共産主義革命は、西洋で国内のブルジョワジーが果たしたのと同じ役割を果たした」という主張は、大胆だが説得力がある。

 中国を見ればわかるように、政治的資本主義の特徴は「きわめて効率的なテクノクラート」と「法の支配の欠如」だ。それによって、国家は国の利害に基づき、必要とあれば民間部門を好きなように抑制し、高速道路や高速鉄道などのインフラを民主国家ではあり得ないようなスピードで建設できる。「法を超越した国家権力」が中国の驚異的な経済成長を支えたことは間違いない。

 「共産主義」や「社会主義」の衣をかぶってはいるものの、政治的資本主義もリベラル能力資本主義と同様に、社会の経済格差を拡大させる。入手できるデータからの試算では、2010年代の中国の不平等水準はアメリカの不平等を顕著に上回り、ラテンアメリカで見られる水準に近づいていた。「1980年代半ばから2013年にかけて、アメリカの可処分所得の不平等はジニ係数で約4ポイント上昇したが(ジニ係数約41に達した)、ほぼ同時期に中国の不平等は20ポイント近く上昇していた」という。

 政治的資本主義のもうひとつの大きな問題は「腐敗」が避けられないことだ。テクノクラートに大きな権限が集中し、「法の支配」が無力化されているのだから、これで潔癖でいるのは不可能だろう(清貧を貫くと「裏切り者」として権力者集団から排除される)。

 だがここでミラノヴィッチは、「腐敗はそんなに悪いことなのか?」と問う。

 多くの社会が、控えめな腐敗からかなりの腐敗までと共存し、ともに繁栄してきたし、こうした腐敗は社会全体に浸透し、多くの人の暮らしを、いっさい「腐敗のない」システムよりも快適なものにしてきた。それどころか、たがいに便宜をはかるシステムのもとで動くのに慣れた多くの人びとは、それまでとまったく異なる「クリーン」な制度に適応するのにかえって苦労する。

 また、中国の分散した「縁故資本主義」は地方間の競争をうながし、シュンペーターのいう創造的破壊の役割を果たしているとの主張もある。

 グローバル化する世界では、モノ、情報、人間の順でアンバンドリングされていく(連結が解かれる)。

 モノが「こちら」で生産され「あちら」で消費されるのが貿易だ。次いで、生産と管理の調整は「こちら」で行なわれるが、実際のモノの生産は「あちら」で行なわれるようになった。これがグローバル・バリュー・チェーン(オフショアリング)で、中国はこの大きな流れに乗ったことで急速な経済成長を実現した。次にやってくるのは人間のアンバンドリングで、労働者の物理的存在がリモート操作に置き換わり、「移動規制が完全に解かれた――ただし実際の人間の移動はいっさい伴わない――世界」がやってくるという。

 中国のような政治的資本主義がつねにリベラル能力資本主義より優位にあるかというと、そうともいえない。政治的資本主義は、高い成長率や効率的な行政によって自らの正当性を証明しつづけなくてはならないのだ。これはとくに、民主的な選挙によって権力の正統性を確立できない中国にあてはまるだろうし、中国やベトナムが強力な社会統制によってコロナの感染抑制に成功したことも説明する。ひとびとは「有能さ」が実感できるかぎり、政府を支持するのだ。

 つねに勝ちつづけなくてはならないのはきわめて困難なゲームに思えるが、「社会ダーウィン主義からすれば強みとみなすこともできる」とミラノヴィッチはいう。

アフリカや中東の貧しいひとたちがヨーロッパの福祉国家を目指す理由

 リベラル能力資本主義では、「きわめて成功をおさめているエリート層」と、「グローバリゼーションの恩恵をほとんど受けていないと感じて憤慨し、それが正しいかどうかは別として、グローバルな貿易と移民を自分たちの不幸の元凶とみなす大勢の人びと」のあいだの格差が拡大し、それが福祉国家を根底から蝕んでいく。このことをミラノヴィッチは、保険の「逆選択」で説明する。

 リスクが異なるのに同じ保険料を請求されると、リスクが低いひとは保険料が割高だと反発して保険から抜け、リスクが高いひとは保険料が割安だと感じて加入したいと思う。その結果、ハイリスクの者だけが集まってきてしまうのが「逆選択」で、医療保険で禁煙割引を提供するのはこれを避けるためだ。

 同じ原理は、リスクの異なる集団で構成される国家の福祉制度にも適用できる。

 少数派の人種集団が多数派の人種集団よりも失業率が高く、健康状態が悪く、犯罪に手を染めたり収監される割合が高ければ、多数派の人種集団は「平等」な社会制度を割高だと思い、民間の医療プランや私立教育、個人年金などを利用するようになるだろう。

 少数派の移民集団が多数派の市民と同化せず、失業保険や生活保護のような福祉給付を不当な割合で受け取っていると思えば、市民は児童手当の減額を求めたり、移民を排斥して自分たちの既得権を守ろうとするだろう。前者はアメリカで、後者はヨーロッパで起きていることだ。

 さらなる問題は、グローバリゼーションの時代には、高度に発達した福祉国家ほど、スキルが低いか野心の低い移民をひきつけることだ。

 国を捨てなければならないやむを得ない事情があり、選択肢として、福祉が充実しているが社会的移動性の低い国(いったん社会階層の底辺に入ってしまうとそこからなかなか上昇できない)と、福祉は貧弱だが社会的移動性の高い国(社会階層を上がっていきやすい)があったとしたら、どちらを選ぶだろうか。

 あなたが医師や弁護士などの資格をもっているか、自分の能力に高い自信を抱いているのなら、格差が大きくても「成り上がり」が可能な国への移住に魅力を感じるだろう。その一方で、自分のスキルや能力に自信がなければ、福祉によって最低限の生活が保障される国が魅力的に見えるのではないか。

 これは机上の空論ではなく、「何かをつくりあげる人びと(おそらくスキルが高いか野心があると想定される)は、高い課税率から低い課税率の司法域、すなわち福祉の発達が低い場所に移住しがちである」「アメリカよりも経済的に平等な国から来た移民は、スキルが高い傾向にあった」などの研究がある。この「不都合な事実」は、アフリカや中東の貧しいひとたちがヨーロッパの福祉国家を目指し、きわめて高い知能をもつ者がシリコンバレーに集まることをうまく説明するだろう。

 逆にいうと、福祉が充実して所得移動性の低い国(日本はその典型だ)は、「最も野心の低い移民を引きよせ、彼らがいったん底辺層を築くと、その子どもの上位への移動はおそらく限られたものになる」という「破滅的なフィードバック・ループ」にはまるおそれがある。


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

幸福の「資本」論|橘玲著 幸福の「資本」論 重版出来!
橘玲著

あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」。あなたが目指すべき人生は?
定価:1,650円(税込) 発行:ダイヤモンド社
購入はコチラ!
世の中の仕組みと人生のデザイン|橘玲のメルマガ配信中! 20日間無料 ザイでしか読めない!橘玲のメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」も好評配信中!
月額880円(税込)
いますぐ試す(20日間無料)
 

 

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。