しかし1982年以降、鶴見川流域に大きな水害は起こっていない。これは豪雨が降らなくなったからではなく、流域治水の成果である。

◇大水害を頻発させた流域の地形と市街化

 鶴見川流域で水害が多発した理由は、流域の構造にある。鶴見川の流域は多摩三浦丘陵という大きな丘陵地の中央にあり、流域の7割が斜面地、残り3割が下流部の低地地域である。

 海の干潟の影響もあり、上げ潮時には川は逆流して水位を上昇させる。さらに下流部では大きな蛇行を繰り返していることが、川の流れを阻害して氾濫を大きくさせている。

 戦後の急激な市街地の拡大も被害を深刻化させた。1958年当時、鶴見川流域の市街地率はわずか10%。流域のほとんどは田園風景で、市街化されていたのは一部であった。64年の東京オリンピック前後から流域全域でベッドタウン開発が進み、75年には市街地率は60%に跳ね上がった。

 その後も東急田園都市沿線や港北ニュータウンの開発に伴い、市街地率はさらに上昇。2000年には85%を超え、現在は87%近くに達している。激しい市街化によって保水・遊水力が低下したことが、鶴見川流域に大水害をもたらした主因である。

 1976年、鶴見川流域の自治体は共同で「鶴見川流域水防災計画委員会」を結成し、本格的な流域治水の検討を始めた。そして4年後の80年、国の総合治水対策の第一号として、鶴見川水系の総合治水がスタートしたのである。

◇鶴見川流域の総合治水対策

 鶴見川流域の総合治水計画の基礎となったのは、流域の土地利用についての方針だ。水循環に関わる特性に基づき、上流に雨水調節池などを設置する「保水地域」、水田などに氾濫水を一時的に滞留させる「遊水地域」、下流の沖積地帯「低地地域」の3つに大別。各地域でどのような治水対策を重視するかの指針が示された。

 都市河川治水の基本は河川整備である。河川の構造を整え、排水しやすくしたり河川区域を部分的に広げたりすることは、総合治水対策でも変わらない。