中国は5月にも在タイ中国人に接種開始

 日本政府の海外居住者への対応はどうだったのか。実はこのコロナ禍で、タイの多くの在留邦人が日本政府に対する批判の声を強めていた。

 タイでは今年4月末から、感染拡大の第3波を迎えていた。2020年春以降、感染を抑え込んでいた同国はワクチン調達が後手に回り、その不足が懸念されていた。十分なワクチン供給がない中で、感染力の強いデルタ株の猛威は深刻さを増していた。

 多くの外国人が集まる国際都市のバンコクでは、欧米の大使館の中でも特にフランス大使館が素早く対応し、タイ政府との交渉でジョンソン・エンド・ジョンソン製ワクチンの輸入実現に取り組んでいた。

 中国の場合は、フランス大使館よりも早い5月20日からバンコクで「春苗行動」のワクチン接種プログラムを開始した。在タイ中国大使館の参事官は新華社の取材に対し「将来的に接種会場と接種の回数を増やしていく、タイの中国国民は心配する必要はない」と述べている。

 一方、在タイ日本大使館の動きは鈍かった。バンコク在住の日本人Fさんによると、「多くの在留日本人はワクチン接種を希望する切実な声を上げ、在タイ日本国大使館にも訴えていた」という。タイに在留する日本人は8万1187人(2020年、外務省)、バンコクはロサンゼルスに次いで日本人が多数居住する都市であり、実に5万8783人が生活する。

 現地の日本語メディアによれば、当初、日本政府はタイ在住を含む海外在住者の日本国民に現地でのワクチン接種は行わず、一時帰国で接種させる取り組みを計画していたという。

 7月16日、加藤勝信官房長官は記者会見で、在外邦人の新型コロナウイルスワクチン接種について、「大使館の医務官は赴任する国の医師免許を持たず、接種実施にはさまざまな課題がある」ことを理由に、現地の大使館で実施することは難しいとの認識を示していた。

 これに対し、バンコクに在住するFさんは「他国はすでに大使館主導でワクチン接種を進めているし、やろうと思えばできるはずなのに」と憤る。殺到する意見や質問に、在タイ日本大使館もいよいよ、あらがえなくなってきたのだろう。7月27日にようやく在留邦人へのワクチン接種についてオンライン説明会を開いた。

 その2日後、日本の外務省はタイの在留邦人を対象としたワクチン接種を行うと明らかにした(参照)。接種が始まったのは8月初旬になってからだ。現在、バンコク市内の複数の病院の協力の下、タイ政府が提供するアストラゼネカ製ワクチンの無料接種が行われている。

 しかし、日本政府による在外邦人保護への対応の遅れと保護意識の欠落は、在タイの日本人社会に大きな波紋をもたらした。

  不安の声が上がるのはタイだけに限らない。