もはや個々人や特定の医療者の
頑張りでは乗り切れない

「原則や基本は大切ですが、今回の千葉のようなケースでは、『そんなこと言っている場合ではないよ、緊急で今、人の命がかかっている』といった判断がなされるべきでした。一例一例の状況をしっかりと聞いて、『ならば仕方ない、すぐ来てもらって! なんとかします』と発想できる医療者がいてほしかった。うちのスタッフにはいつも『医者の本分は目の前の患者を救うこと、今動かなければいつ助けるの。Passion・Mission・Loveだよ』と言っています」

 そう残念がるのは湘南鎌倉総合病院の院長代行、小林修三医師だ。救急車受け入れ件数日本一で知られる同院は、第5波の最中でも「コロナも救急も絶対に断らない」をモットーに、患者を受け入れ続けている。昨年4月には神奈川県の要請に応えて、病院に隣接する土地に全国初のコロナ患者の受け入れ専用プレハブ医療施設(全180床)を建設し、中等症の重点医療機関として機能している。

 小林医師が指摘する「原則や基本」とは次のようなことだ。

「新生児科と産科の基本は『母子分離は避けるべし』です。なのでこれは推測ですが、今回の千葉県の場合、産科とNICUと感染症科の三つが万全でないとの理由から『原則として受け入れできない』と判断し、断った施設もあるのではないでしょうか。

 当院もNICUは整備されていないので、本来は妊娠35週未満の受け入れはできません。しかしかつて、妊娠26週で胎盤早期剥離の妊婦さんを受け入れたことがあります。救急搬送を20件以上も断られ、危険な状態にありましたが、母子ともに助けることができました。赤ちゃんは帝王切開で生まれた後、他施設のICUに搬送しました。原則や基本に囚われていたら助からなかったでしょう。

 もし何かあったら当局から違反だと言われる、指導される。余分なことに手を出さないなど、何もしなかった人が責められず、緊急という特殊な事情で一生懸命やった人がそのたまたまの失敗を責められたら嫌だという考えがあるとすれば、正していかないといけません」

 同院では、今回取材した他の病院同様、先手先手の対応を平時から進めて来た。だが、感染急拡大の今は先が読めず、正直なところ、危機感を抱いているという。

「中等症で入院しても、重症化するケースは少なくない。県の調整を待っている場合ではありません。どんな症状であれ、受け入れるしかないのです。中等症受け入れ施設であるとの原則を守って重症の患者さんを断ったら、搬送に手間取っている間に救える命までも失ってしまうかもしれません。それはあってはならない。

 ただ、周辺の医療機関の協力も必要です。例えば、これは実際よくあるのですが、クリニックの院長などが『湘南鎌倉総合病院ならみてくれるよ』と検査もせず、まるで人ごとのように患者さんをここに案内します。当院は断れません。ですが、当院の体制が崩壊したらどうなるでしょう。想像していただきたい。

 この先は、クリニックなどでも、無症状や軽症の患者さんをみてもらわなければならない状況になるでしょう。準備してほしいです」(小林修三医師)

 鳥取・但馬の小林誠人医師は、「もはや『個々人へのお願いと個々人の協力』『特定の医療者の自己犠牲』で乗り切れる状況では無いと思っています」と警鐘を鳴らす。

 神戸市立医療センターの有吉医師は、以前取材に対して「断らない理由ではなく、どうすれば受け入れられるかを必死に考え、病院ぐるみ・地域ぐるみで取り組んで来た」と語っていた。

感染妊婦と新生児を救うシステム
三つのポイント

 今回のような悲劇をなくすためにはどうすればいいのか。救命救急医療にかかわる医師たちの言葉から、先手先手の対策と地域ぐるみのシステム構築の重要性が改めて浮き彫りになってきた。例えば、

1.妊婦の数を把握し、人数に応じて地域ごとに「感染妊婦を絶対に断らない病院」を決めておき、その病院は万全の受け入れ体制を準備する
2.周辺の医療機関は、1の病院の医療が逼迫しないよう役割を分担し、無症状・軽症患者の管理や回復した患者をスムーズに転院させられる仕組みを、地域ぐるみでつくる
3.行政は、病院間で不公平が生じないよう、適正かつ十分な経済の支援などをする

 といったシステムの構築が考えられる。

 これなら保健所も救急隊も受け入れ先を探し回る必要はない。患者を乗せたら、迷わず病院へ急行すればいい。

 ただ実は、こうした提案は以前からあったが、なぜか対策は進んでいない。二度とこのような悲惨な事態を引き起こさないためにも、速やかに、かつ着実にシステムの改善を実行しなければならない。