医療者にとって不都合だったワクチン配布スキーム

Q:ワクチン確保にどのような問題があるのでしょうか。

 もともと日本のワクチンの調達は厚労省が担っており、医療政策に詳しい自民党の武見敬三参議院議員らがリードして、国際的な枠組みの中で、ワクチン確保に向け良いポジションを得ていました。

 しかし昨年、安倍晋三政権から菅義偉政権に代わり、河野太郎ワクチン担当相の下で繰り広げられた一連のスキームでは、医療者や患者、国民志向でないデメリットが多く目につきました。

 我々はインフルエンザのワクチン調達での実績があるので、コロナワクチンの調達の不具合が余計に目につきましたが、次第に、なぜうまくいかないのだろうと考えることさえ面倒になりました。

 しかし、PCR検査など現実には一刻一刻、目の前の患者ニーズに集中していました。断ったら医療は成り立ちません。昨年5月の大型連休時、第1波のロックダウンで渋谷の街から人がいなくなったとき、クリニックは月間で億単位の赤字を出すほど打撃を受けました。

 それでも「患者さんに徹底的に向き合おう」とスタッフ一丸となって腹をくくり、結果、日ごとに増すPCR検査のニーズでV字回復することができました。

Q:ワクチン調達の遅れに加え、コロナ対策も後手に回っているようにもみえますが。

 はい。8月30日付でようやく厚労省、東京都、渋谷区医師会からの都内の医療機関宛に「災害レベルで総力戦で臨むために協力を要請します」との通達が来ました。それによると、全ての診療所は、以下のアからウの1つ以上に協力してください、となっています。

ア.新型コロナ感染症患者への在宅医療
イ.都が要請した施設に対する人材派遣
ウ.区市町村のワクチン接種等への協力

 正当な理由なく協力に応じない場合は、施設名を公表するとのことでした。我々としては、ワクチン接種を中心に言われるまでもなくやっていること、今さらなぜこのタイミングで?という通達でした。

 災害レベルとはその通りで、これから臨時の医療施設の設置などが視野にあるのでしょうが、遅きに失した感があるのは、コロナ対応にさまざまなビジネスが介入しているからこそではないですか。

 感染症が数年単位で長引くことは、100年前のスペイン風邪を見てもわかっていました。渋谷のスクランブル交差点で人間ウオッチングしても、行動自粛には限界があり、いずれ国民が政府の要請を聞かなくなり、再び感染拡大の局面が出てくると容易に予想がついていたはずです。

Q:ワクチン接種の遅れは、後ろ向きだった医師会のせいだという人がいますが。

 それは違います。ワクチンの普及が遅れたのは完全に調達の失敗です。ワクチンの管理と供給は国単位です。当初からシステムは破綻していました。我々は日本で最もインフルエンザ予防接種の実績があるクリニックの一つとして、ワクチンの生産、流通を理解していましたから、コロナワクチンのロジスティクスの破綻は目につきました。

 4月頃、医療従事者への先行接種にも混乱が見られました。職員の安全性が確保できないなら、自治体からの案件である数十万人分のコロナワクチン接種を断らざるを得ないと強く言うと、ようやく届いたのです。ワクチンが実際にあるのかわからない状況でした。

 4月時点では、コロナワクチン接種の請求方法も決まっておらず、採算が成り立つ保証もありませんでした。これまでノウハウのないクリニック経営者が赤字見え見えのワクチン接種に手を挙げるわけもなく、それを強いるのは酷です。

 システム運用を担う人たちが、医療のことを知らない。知らないなら、知っている人に聞いてほしい。不思議だったのが、インフルエンザの予防接種で豊富な実績のある我々に、コロナワクチン接種に向けてのヒアリングが全くなかったことです。

 医療は命を扱っていますから、これではいけません。現場の声こそが最も重要なカギなのです。医療を知る、実績のある民間のシステム運用会社に任せれば、最初からスムーズだったでしょう。

 このような痛い状況を作り出したのは、最終的には政治家を選んだ我々医師を含めた日本人のせいです。医療従事者は土日含めて仕事が多忙でなかなか選挙に行けませんが、私はスタッフに次の選挙に行こう、アクションを起こそうと言っています。