2020年3月、外資企業の大攻勢に苦しむ「出前館」に、30代の若きマーケターがやってきた。元キックボクサーにして、15年間にわたりネット広告やマーケティングの世界に身を置いてきた藤原彰二氏。DX(デジタル・トランスフォーメーション)を積極的に進め、IT業界で注目される人物だ。同年6月には同社ナンバー2の取締役/COOに就任して大胆な社内改革を敢行。ダウンタウン浜田雅功を起用した「スーダラ節」の替え歌CMを世に送り出し、売上・利用者数・加盟店数の飛躍的な拡大につなげた。そこまで明かして大丈夫? というくらい出前館の改革を詳細に記した藤原氏の初の著書『それっておかしくね? 「素朴な問い」から始める出前館のマーケティング思考』(ダイヤモンド社)を参考に、マーケティングのポイントを学ぼう。

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「30分後のニーズ」を狙ってCMを打つ

CMは完成したら終わりではありません。いつ流すかによって、その効果には天地の差があるからです。

基礎知識としてお伝えしておくと、TVCMには大きく2種類、「タイムCM」と「スポットCM」というものがあります。タイムは特定の番組の提供スポンサーとなって、その番組の枠内で放送するCM。スポットは番組を指定せず、プライムタイムやゴールデンタイムといった「時間帯」を指定して放送するCMです。

タイムは番組を完全に狙い込むことができますが、契約期間が原則半年なので、大きな予算を必要とします。一方、スポットは最低1週間から打てるので、予算を抑えながら小回りのきいた施策を打つことができます。

なかでもゴールデンタイムの番組で流れるタイムCMは、比較的宣伝予算の潤沢な大企業が、番組のイメージとリンクさせて自社ブランディングの強化に活用するケースが多いと言えるでしょう。反面、お金がかかるので、長い目で見た費用対効果をしっかり見据える必要があります。

さて、出前館はどちらだと思いますか?

タイムCMです。特定の番組を狙い打ちして、CMを打っています。その理由は、デリバリーが時間帯ピンポイントの勝負だからです。

デリバリーは「30分後のニーズ」です。つまり、昼食なり夕食なりの30分前にCMを投下して「あ、出前館に頼もう」と思ってもらわないと、意味がありません。

平均的な夕飯の時間は18時から19時半といったところ。また、普通の家庭がデリバリーを頼みたくなるのは、平日よりもやはり週末です。

ですから、以下のような土日の番組でタイムCMを流しました。

『名探偵コナン』(読売テレビ・日本テレビ系 土曜18時~19時半)
『所さん お届けモノです!』(MBS・TBS系 日曜17時~17時半)
『相葉マナブ』(テレビ朝日系 日曜18時~19時)

放送時間に注目していただければ、3番組とも「30分後のニーズ」を見越して流しているのがわかりますよね。

CMはこれら以外の番組にも流しています。たとえばお昼前にテレビをつけると、やたら出前館のCMが流れまくっているのに遭遇した方もいるのではないでしょうか。あれはランチ出前需要を見込んでいるわけです。

スポットCMは、おおまかな時間帯の指定はできますが、ここまで細かくは狙い撃ちできません。たとえば「ゴールデンタイム」は19時台から21時台を指しますが、19時にCMが流れるのと、21時半に流れるのでは、まったく効果が変わってきます。当然、21時半では効果がありません。デリバリーは、夕飯を食べ終わってしまったら終わり、完全な無駄撃ちになってしまうのです。

少し前にCEOの藤井があるTV番組に出演し、かなり長い尺で出前館を紹介してもらったのですが、20時過ぎからの出演だったため、注文への影響はほぼゼロ。無風でした(笑)。

実際、データをとってみても、時間帯別オーダー数は午前11時台と18時台がピークで、特に18時台を挟んだ17時台~19時台に注文が集中しています。

タイムCMを贅沢に打っているということは、相当お金をかけているのでは?と思われるかもしれませんが、実はCM料金が一番高いゴールデンタイムに、出前館のCMはほとんど流れていません。先ほどの3番組もゴールデン帯の19時台から21時台を外れていますよね。夕食需要を喚起するのに、ゴールデンタイムはちょっと遅いのです。

ちなみに意外かもしれませんが、本書執筆時点で、出前館のCM出稿量は競合より少ないのです。ですから、もし出前館のほうがウーバーイーツよりCMがたくさん流れている印象がおありだとしたら、あなたがテレビをつける時間帯――お昼前、夕食前――に集中投下しているからでしょう。

「スポットのほうが安価だし、現在の主流だからスポットで流す」のではなく、目的をしっかり見据え、その達成に最大効率で寄与する方策を選ぶ。使うところにはちゃんとお金を使い、無駄なところには――たとえ業界の慣習であったとしても――絶対に使わない。マーケティングとは、こうあるべきです。