お金に色を着けると高くつく
基礎年金に関わる制度は無駄だらけ

 格差対策としての「河野年金」は、経済的に困窮している高齢者をサポートする「格差対策」になり得る。これまで十分な年金保険料を支払ってこなかったか、支払えなかったかの事情にある高齢者に対して、最低保障額以上の年金を支払うことを通じて、である。

 年金をはじめとする社会保障の世界では、加入者が税金とは別の「保険料」を支払うことによって、将来制度の受益者になることを精神的に躊躇せずに済むだろうという、「相互扶助の精神」が過剰に美化されている。この「気分」に対して、追加的な費用を払うことがいかに無駄なのかに、そろそろ気づく方がいい。

 普通の企業人くらいの感覚でお金の流れを追うと、今の基礎年金に関わる制度は無駄だらけだ。まず非効率的な制度(保険料を徴収する国民年金など)を作り、無駄な組織を作り(官僚の天下りに「だけ」いいかもしれないが)、余計な手間(国民年金加入の勧奨や徴収)を発生させ、多大なコストを掛けながら、国民に不公平(加入の有無による損得や、「第3号被保険者問題」による女性の生活への過干渉)を発生させている。そして、負担が超逆進的(消費税以上に)なのだ。

 税金と保険料を別々に徴収したり、受益と負担の条件を複数の制度で複雑に調整したり、それぞれの制度の運営に非効率的なマンパワーが割かれていたりすることは、社会全体としての無駄だ。税金と公的保険料は一緒に徴収する方がいいし、そもそも一般会計に吸収した方が効率的に運営できる特別会計(年金もそうだ)が少なくあるまい。

 お金の本質は無色透明なシンボルなのだし、今やデジタルにデータを扱うことが「やる気になれば、技術的には」十分できるのだから、行政のデジタル化と同時に特別会計の無駄も早急に削減したいものだ。

今の日本に必要なのは
何はともあれ「格差対策」

 日本国民の意識は「平等」に対して敏感だと思う。

 その日本で、経済的な格差の拡大が急激に進行していることは、社会として健康的でない。早急な対策が必要だが、すぐに実現できて有効な対策が、「河野年金」(基礎年金の全額国庫負担化)だ(実現者は河野氏でなくてもいい)。

 長期的には、上記に加えて、公的な教育投資の強化(少なくとも倍増)が必要だと思うが(これ以外に日本の国際的な競争力を回復する方法は考えられない)、日本の社会は現在、即効性のある格差対策を必要としている。