THE MOLE(ザ・モール)(C)2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

 ところが、驚くべきことにこの映画はその様子を詳細に写し出す。あまりの鮮明さに、最初は「これはヤラセではないか?」と疑ったほどだ。

 当然のことながら、撮影は極めて危険な行為で、バレれば即、命の危険にさらされる。

東ドイツで実感した人々の恐怖

 そこまでの危険をおかして、なぜ北朝鮮に潜入する“スパイ”となったのか。

 ウルリクさんは冷戦時代、東ドイツを訪れたときの思い出を語り始めた。

「私の父親はフェリーの監督で、デンマークと東ドイツの間を行き来していた。私はときどき父親についていった。12歳のころ、東ドイツの少年と手紙を交わす仲になり、遊びに訪れるようになると、人々の間にはびこる暗い影を感じるようになっていった」

 それをはっきりと感じたのは対西ドイツ戦のサッカーの試合を見ていたときだった。

THE MOLE(ザ・モール)(C)2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

「私が西ドイツ国歌を歌い始めたら、『やめろ』と言われた。『あちらは資本主義で、ぼくらは社会主義だから』と。自分は安全な環境に暮らしていたけれど、彼は違っていた」

 当時、東ドイツでは「シュタージ」と呼ばれる秘密警察が反体制的な言動を厳しく監視していた。盗聴は当たり前で、肉親を含めて、密告者はどこにでもいた。

バレた! もう終わりだ

 その後、ウルリクさんは料理人となったが、慢性疾患で仕事を失い、福祉手当で暮らすようになった。

「人生が変わってしまいました。でも、何か新しいことをやりたい、と思った。そんなときに見たのが(「THE MOLE」を撮影した)マッツ・ブリュガー監督の反北朝鮮映画『ザ・レッド・チャペル』だった。少年時代の記憶がよみがえり、北朝鮮の実態を暴きたいと思った」

 2009年、ウルリクさんは北朝鮮支持者を装い、デンマーク朝鮮友好協会に入会。ブリュガー監督とも連絡をとり始めた。

 本格的に撮影が始まったのは12年、平壌を訪れたときだった。