がんの生物診断といえば以前、人間の100万~1億倍ともいわれる嗅覚でがんを早期発見する「がん探知犬」が注目されたことがあったが、犬ががんをかぎ分ける能力には個体差がある上に、大量の検体を安定的に解析させるのは難しいといった理由で研究はあまり進んでいない。

 一方、線虫がん検査は、生物学者であり、東京大学大学院時代から20年以上にわたり線虫の嗅覚に関する研究に従事していたHIROTSUバイオサイエンスの広津崇亮社長が開発した。2016年、九州大学で助教を務めていた頃に「線虫は、通常の検査では発見しづらいステージ0のがんの有無までも、わずか一滴の尿からかぎ分けられる」と発表した論文は、世界を驚嘆させた。

 ただ、多くの人にとって、「賢い犬ならともかく、線虫でがんを見つけられるなんて信じ難い」というのが本音ではないだろうか。それだけに、今回の石井氏らの研究は、そうした疑いを晴らす格好のチャンスとなったように思う。

「ヒトの尿を用いて線虫による検査を行い、手術を行う前と行った後で比較したところ、全膵臓がんで80%程度、早期でも60%程度の感度が示されました。これは従来行われている腫瘍マーカーによる検査よりも格段に良い感度です」(石井氏)

がん患者の尿をかぎ分ける!?
「線虫」を活用する検査

 ここで改めて「N-NOSE」について説明したい。特徴は何より「線虫」という生物を利用することだ。線虫の名前は「シー・エレガンス」。「きれいなサインカーブを描きながら動く姿がエレガント」であることから、このように名付けられたという。

【線虫(野生型)の特徴】
●体長は約1ミリ、色は白。目視可能だがあまりにも小さく、粉のように見える。
●活発に活動する気温は23℃。それ以上寒かったり、暑かったりすると動きが鈍る。
●最適な条件下では、プレート上の尿のある場所まで、およそ10分で移動できる。
●好物は大腸菌。寒天培地上で大腸菌をエサにして成長。ゆえにエサ代はすこぶる安価。
●嗅覚が優れている。人間の約3倍、犬の約1.5倍の嗅覚受容体を持っている。
●「がん患者の尿に誘引され、健常者の尿は忌避する」性質を持つため、がんの有無を見分けるのに役立つ。今回の研究で、膵臓がん患者の尿のかぎ分けができることが分かったことから、今後はあらゆるがん種のかぎ分けが期待される。
●ただし、同じにおいでも強すぎるのは苦手。検査に使う尿はほどよく薄める必要あり。
●雌雄同体なので、かけ合わせは不要。増やしやすい!
●冷凍保存可。半永久的に株を保持できる。
●検査のお役目に臨む際には、体を洗う。いわば禊(みそぎ)。大好物の大腸菌を洗い流しておかないと、尿の中に含まれるがんのにおいに反応してくれない。

 生き物ゆえに、安定した働きをしてもらうには、体調管理や環境整備が重要だ。機械化は、作業のスピード化よりも、人間の手技の再現が求められ、開発チームを大いに悩ませた。