現実的にはそれがたとえ善意によるものであったとしても、アルゴリズムの暴走や為政者による間違った方向付けにより社会が悲惨な状況になる可能性も高い。独裁者による監視社会の到来を招くかもしれない。しかし、個を前提とした世界において、合意形成が得られず何も進まないよりも、事態が動く分だけ、利害調整が難しい大きな問題への対処にはこちらのほうがよい結果を生むかもしれない。

◆成熟✕集合意識(図の1)

 科学がさらに発展し、集合的な意思決定が個人の本質的なニーズを組み込む形で、自動的に調整されて行われる将来もあり得る。アルゴリズムによる推奨を自分自身が自分について行う意思決定よりも良いものとして疑わなくなってくると、個がだんだん消え始める。購買や仕事、遊興について、自分が限定された知識の中から選択するよりも、より自分にマッチしたものが自動的に提示され(異論がなければ)選択されることになる。

 さらに発展すると、個は集合意識から来る自動最適化プログラムからの指令をただ実行するドローンとして機能するだけで、個は消滅するかもしれない。現段階では絵空事に見えるが、そう遠くない時代に実現する可能性はあるだろう。社会の大きな問題も速やかに解消され、フードロスも激減し、環境負荷も減少し、格差も減少するだろう。きっと今よりも「理想的な」社会になるだろう。

全能のアルゴリズムによって
最終的には個が消えてしまう?

 ただ、問題は個が消えてしまうことである。これは、今の人類にとっては耐えられないに違いない。本作の結末はつらい。オーバーロードは進化する人類のことを「うらやましい」と言ったが、オーバーマインドが孵化機として人類を使っただけで、進化したのではなく、別の種が乗り移っただけかもしれないのだ。

 人類がいつまでも未熟な幼年期から成熟できないと、本作で言うオーバーマインドに当たる「全能」のアルゴリズムによって、個のない世界に無理やり引きずりこまれるかもしれない。それが、たとえ民意を反映した素晴らしい結果を招来するものであったとしても、現代の人類の取りうる幸せな道ではないと思われる。

 もちろん、ネオ人類のようなものが今の人類にとって代わることはあるだろうし、それを虎視眈々と狙っているアルゴリズムがすでに存在している可能性は、全く否定できないが……。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山 進、構成/ライター 奥田由意)