裁判の3つの争点と
病院に求められた和解内容

 裁判では、原告の夫、および被告の病院と医師、双方の弁護士間で何度もやりとりが交わされ、裁判官は3つの争点を設定し検討した。

1)治療中止に至る経過について
入院前、および入院中に、医師が女性患者に対して情報提供した上で、説得すべきだったこと。

2)救命措置の不作為
女性患者が透析再開を希望していることを看護師に伝え、カルテにも記載されていたが再開しなかったこと。

3)説明義務違反
透析離脱の意思が撤回可能であるとの説明をせず、「透析見合わせ承諾書」に撤回できるという一文も入っていなかった。

 1の「説得すべきだった」とは、中央大学法科大学院の佐伯仁志教授が「(患者の)治療拒否権を認めたからといって、治療を拒否しないように説得することが権利侵害として否定されるわけではなく、むしろ説得することが医師の義務として求められている」「説得が繰り返し継続的になされる必要がある」「治療を拒否する患者に、正確な情報を与え、治療を受けることを説得するまで必要である」等の意見が患者側の証拠として引用された(*)。

 一方、外科医は「患者が治療を拒否しても、医師は執拗に説得すべきで違法であるとするならば、患者の自己決定権を否定するパターナリスティックに過ぎる見解で不適当である」と反論した。(後編に詳細)

 2は女性患者が何度か看護師に「透析離脱を撤回したい」と伝えたが、その記録は「意識清明下での意思ではない」とされ、緊急透析が実施されなかったことを問われた。

 一方、外科医は「8月9日に手術をすれば、スケジュール通りの透析を実施できた」「8月14日に手術した場合は、8月7日から透析をしておらず、7日間経過、術中死亡の可能性、予後は悪くなった可能性は高い。いつ心停止になってもおかしくない」と反論した。

 3の「透析離脱の意思が撤回可能であるとの説明をしなかったこと」とは、医師作成の承諾書に撤回できる趣旨の一文がなかったこと、および外来や病床で女性患者にそれについての明確な説明をしなかったことが裁判で何度も確認された。 

 その結果、裁判所は「患者に対し『死の選択肢』である透析中止を積極的に提案することで、患者を死に誘導した経緯があったとは認められない」とした上で、「(医師の)透析中止の判断が患者の生死に関わる重大な意思決定であることを鑑みると、透析中止にかかる説明や意思確認について不十分な点があったといえる」として和解を勧告した。

 和解条項には、病院に改善点として(1)適切な説明と患者の理解を得ることに努める、(2)患者がセカンドオピニオンを求められるようにする、(3)治療方針の決定を留保できる、(4)意思表明後も変更できる、(5)意思に変更がないか家族等とともに確認する、という趣旨が求められた。和解金の金額は公表されない。

 つまり、カルテに未記載の内容が裁判の証言で出てくるなどしたため、裁判所は透析中止に関わる説明、および意思確認に関する病院での手続きに慎重さを求めたといえる。

 だが、病院が患者に「どこまで説明と意思確認をすればいいか」について、裁判所からの模範解答や基準は示されなかった。

 後編では一連の裁判を傍聴し、複数の医師や関係者へ取材した結果、病院、および透析関係者や一般読者に伝えたほうがいいことをまとめる。

出典
* 佐伯仁志,治療の不開始・中止に関する一考察,法曹時報72(6),2020