治療をやめたいと言われたとき
知っておきたい3つの医療知識

 それでは、もし、あなたの家族や親しい人から「透析治療をやめたい」と言われたとき、どんなことを知っておけばいいか。一連の裁判を傍聴した筆者から、次の3点を伝えたい。

1)医療では、患者の意思(生き方)が尊重される

 日本透析医学会の全国規模実態調査によると、回答した透析施設の47.1%で透析を見合わせた経験があった(*3)。そのほとんどは高齢者(89.7%)で、半数は認知症患者(46.1%)だった(*3)。一般的には、末期がん、心不全等の全身状態が非常に悪い患者の場合、透析中止となることがある。一方、患者本人の強い意思と家族等の同意による見合わせが23.4%に認められていた(*3、*4)。

 透析を中止すると死に至ることがわかっているにもかかわらず、それは、どうしてか。

 基本的に「すべての医療行為は、患者の同意があってから始まる」からだ。そして、特に、国内外の透析治療医は、1980年代から患者が「治療をやめたい」と言った場合、その意思をどのように尊重し、どのようなプロセスを踏むべきか、個人の権利と医療倫理に挟まれながら慎重な検討を重ねてきた。

 かつての医療では、世界的に医師が患者の治療法を決める「パターナリズム」の考え方が主流だった。だが、米国で患者の権利運動によって「自分の生き方や死に方を自己決定すること」「患者が治療を拒否する権利」が認められ、日本でも「インフォームド・コンセント(Informed Consent)」という手続きが導入された。インフォームド・コンセントでは、患者・家族が医師の説明を十分理解した上で、治療方針は合意される。

 また、患者の意識が低下したとき、その意思を医療者や家族が知るため、「事前指示(Advance Directive)」を作成することも勧められてきた。事前指示とは、例えば、心臓停止の場合、心肺蘇生術を希望するか、拒否するか、あるいは、どんな医療処置を希望するかなど、本人の希望を事前に示すことだ。

 さらに現在は、医療者は患者に治療の必要性、メリットとデメリットについて科学的根拠ある情報を伝えた上で、患者の価値観や考え方を合わせて治療の方向性や結論を話し合っていく考え方の「シェアド・ディシジョン・メイキング(Shared Decision Making)」の手続きが望ましいとされている(*5)。つまり、治療方針は医師でなく、患者が自分自身の人生と向き合って決めることで、医療者はそのサポートをすると考えられている。

 一方、これらの点において、市民や弁護士からは「患者に治療の拒否権があったとしても、生命に関わる場面では話が違う。治療中止は許されるか、許されるとしても終末期に限られるのではないか」と否定的な意見も根強い。