そして、ある日思った。

「口腔顔面痛の治療は、投薬や運動療法を行いながらも、患者さんとお話をすることの割合が多く、精神科の外来に似ています。患者さんは痛いのを我慢しながら、中には神戸あたりから新幹線で来院される方もおられるのですが、せっかく苦労して遠くから足を運んでもらっても、やっていることがお話しするだけというのは申し訳ないなと。

 ちょうどその頃、遠隔診療と精神科の外来は相性がいいという話がありまして、それならば痛みのマネジメントにも向いているかもしれないと考え、オンライン診療を始めてみました。

 結果的には、口腔顔面痛の診断がついて、症状の安定している患者さんに対してなら、オンラインで問題なく診療を行うことができました。患者さんにもとても喜んでいただけたので、今後オンライン診療は間違いなく、当たり前のものになると確信しました」

在宅医療の現場で重要な
「オーラルケア」、発見した課題とは?

 歯科オンライン診療をスタートさせた長縄氏はやがて、「オンラインのもっといい生かし方」を思い付く。それは、より多くの患者の命を守るためのアイデアだった。

「僕は歯科医師として普段から、歯の治療もすれば、口腔外科の手術など、いろいろやっています。口腔顔面痛の診療は専門の一部です。

 なので、口腔顔面痛の診療をしながらも、もっと社会の役に立つオンラインの使い方があるんじゃないかと考えていました。それで思い付いたのが、僕自身はクリニックにいながら、患者さんのお宅に訪問している看護師さんに口腔ケアのやり方や困っていることに対するアドバイスをオンラインで指導し、実践してもらうことでした。

 在宅の患者さんって、口の中を見るとものすごく汚れている方が多いんです。ご自身でのケアができないことに加え、お口の機能も衰えているからでしょうね。これは大問題なんですよ。

 例えば口の中の歯周病菌は唾液や血液で全身に運ばれて、脳梗塞や誤嚥(ごえん)性肺炎、心筋梗塞などの疾患を引き起こすことが分かっていますし、口の機能の維持向上のためにも、口腔ケアは重要です。それだけでも救える命があります」

 これにより、訪問看護の現場では、長縄歯科医師がその場にいて指導しているように口腔ケアが行えるようになり、患者の健康状態はだいぶ向上する……はずだったのだが、新たな課題が浮上した。

「現地にいる看護師さんとオンラインで会話していて、僕の言っていることが全然伝わらず困りました。例えば『右上の6番(右上の第一大臼歯)に○○して』と指示しても『6番ってなんですか』となる。歯の名前を知らないんですね。

 それはある意味、仕方ない。現場で口腔ケアを担うのは看護師さんや介護士さんなのに、看護学校では1コマ程度しか習っていないんです。口腔ケアは毎日行うケアの一つなのに。だから皆さん手探りで、誰にも教わらずに自己流でやったり、そうした自己流のメソッドを先輩に教わったりしてやっていました。

 僕が現場にいれば、一緒に指差し確認しながら指導ができますけど、オンライン診療となるとそうはいきません。

 そこで、せっかくなら基本的な歯科的知識があったほうがいいし、誰でも行えるようなマニュアルがあったほうがいいと考え、解決策として2018年8月から医療・介護従事者向けのオーラルケア資格講座『BOC(Basic Oral Care)プロバイダー』を開始しました。

 現在、受講者は1000人ぐらい、今日本で一番大きな口腔ケアのオンラインコミュニティーになっています」