電車内での無差別刺傷といえば今年8月6日に小田急線で発生した事件を思い浮かべる人も多いだろう。この時も犯人は車内の乗客を刃物で無差別に刺した後、サラダ油をまいて火をつけている。報道によれば、今回の事件の容疑者の男は「小田急線の事件で電車内にまかれたサラダ油が着火しなかったことを踏まえ、可燃性の高いライターオイルを用意した」と供述しているようだ。

 ガソリンやオイルによる放火は大火源火災と呼ばれる。容疑者の男はペットボトル数本のライターオイルを持ち込んでいたとみられ、車内では大きな火柱が上がるほどの火災が起きているが、それでも座席の一部が焼けただけで車両に延焼しなかったのは日本の鉄道が車両の不燃・難燃化を進めてきた成果である。

 だが誉めてばかりはいられない。今回の事件はさまざまな教訓を残したといえるだろう。その手がかりとなるのが事件直後にツイッターに投稿された映像である。刃物を持った男と燃え盛る炎、煙に追われ、上半分だけ開く窓からはい出るように車外に脱出する乗客の姿が映っている。

 ニュースでも繰り返し使われたこの映像を見て疑問に思った人も多いだろう。なぜ乗客は窓から脱出しなければならなかったのか。避難が遅れれば、さらに多くの人が襲われた可能性もあり、また充満する煙にまかれる人も出たかもしれない。

 その理由は停車位置である。京王によると当該列車は走行中、手動でドアを開けるための非常用ドアコックが扱われたことを示す運転席のランプが点灯したため緊急停止した。列車が緊急停止した国領駅は、京王線では新宿、布田、調布、飛田給とともに数少ないホームドア設置駅であり、通常の停車位置より手前に停車したため、ホームドアと車両のドアの位置がずれ、ドアを開けることができなかったのだ。

 ドアが開いている可能性がある以上、わずかな距離でも電車を動かすことはできない。 ホームドアには線路側からドアを開扉できる非常開扉ボタンがあるが、今回はほとんどのドアがホームドアとは大きくずれてしまったため、このボタンを活用することもできなかった。