いま、求められる
分断されたデザインの再統合

――「デザイン経営」「デザイン思考」という概念は、そのような問題意識から生まれたものだと思います。

『進化思考』の著者が説く、経営者が良きデザイナーであるべき理由NOSIGNER代表/公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会理事長/進化思考家/デザインストラテジスト/慶應義塾大学特別招聘准教授/2025大阪関西万博日本館基本構想クリエイター。
希望ある未来をデザインし、創造性教育の更新を目指すデザインストラテジスト。産学官の様々なセクターの中に変革者を育むため、生物の進化という自然現象から創造性の本質を学ぶ「進化思考」を提唱し、創造的な教育を普及させる活動を続ける。プロダクト、グラフィック、建築などの高いデザインの表現力を生かし、SDGs、次世代エネルギー、地域活性などを扱う数々のプロジェクトで総合的な戦略を描く。グッドデザイン賞金賞、アジアデザイン賞大賞他、国内外を問わず100以上のデザイン賞を受賞し、DFAA(Design for Asia Awards)、WAF(World Architecture Festival)、グッドデザイン賞等の審査委員を歴任する。
主なプロジェクトに、OLIVE、東京防災、PANDAID、山本山、横浜DeNAベイスターズ、YOXO、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。著書の『進化思考』(海士の風、2021年)は生物学者・経済学者らが選ぶ日本を代表する学術賞「山本七平賞」を受賞。他に『デザインと革新』(パイ インターナショナル、2016年)がある。 Photo by ASAMI MAKURA

太刀川 それ自体はいいことです。しかし、デザイン経験がない人がいきなり「デザイン思考」を取り入れたり、「デザイン経営」のためにCDO(Chief Design Officer:最高デザイン責任者)をとりあえず立てる、というアプローチは本質的とはいえません。

 韓国企業のサムスンは、90年代にOEM企業を脱し、猛烈な勢いで大企業に成長しました。その背景に本質的な「デザイン経営」があります。10年ほど前、当時サムソンの副社長だったデザイナーと話をしたことがあります。彼から聞いた話では、その改革時には役員全員にデザイン教育をしたそうです。面白かったのが、役員を秋葉原に集めて1万円ずつ渡し、「一番いいと思うデザインを買ってきて理由を会長にプレゼンせよ」というテストがあったという話です。つまりデザインセンスのない人は役員のボードに入れないという強い意志があったのですね。また彼に聞いたところ当時のサムソンには20人のデザイナー出身の役員がいたと聞いています。ここには「デザイン経営とは何か」という問いに対するひとつの答えがあるのではないでしょうか。つまり「経営者自身がデザイナーになれ」ということです。

 これは目新しい話ではありません。松下幸之助はソケットの図面を引いたし、本田宗一郎はバイクを設計した。創業期はそうしなくちゃ最初のモノができないのだから当たり前です。インダストリアルデザインの世界でも、アルネ・ヤコブセンは建築家だし、イームズは映像作家です。デザインはもともと領域間の壁が低かった。しかし、日本ではこの50年、企業内のデザインはどんどん分業化されていきました。

――それはなぜでしょう。

太刀川 右肩上がりの高度経済成長期には、イノベーションを起こすより、専門を先鋭化して効率を上げる方がよかったのでしょう。しかし、そうやってすべてをモノカルチャー化して分断した結果、変化に対応できない組織ができあがってしまいました。もちろん、分業化には、それを深掘りしてクオリティを上げる効果もあります。これからは、それらをよりよいかたちで水平統合しなくてはいけません。

――専門分化されたデザインを再統合すれば、かつて優れたデザイナー個人の中で統合していたものより優れたものが生み出されるかもしれませんね。

太刀川 まさにそうです。自分で旨いラーメンを作れなくても、食べ歩いて研究すればどれが一番かを評価することはできる。経営者も、グラフィックデザイン、インターフェース、インダストリアルデザイン、空間デザインなど、それぞれの分野で、何が高いレベルかを見極めることは少し勉強すればできるし、しないといけない。それがデザイン経営です。

 なのに大企業では、分断された領域で先鋭化した人がトップになるのが当たり前になっていて、営業出身の経営者が、エンジニアリングやマーケティングをよくわからないまま経営するという状況が生まれがちです。本来、経営とはその企業の理想を、生き方においても体現してきた人が担うべきではないでしょうか。