橘玲の日々刻々 2021年11月4日

民主的な選挙でも現職が勝つ確率が圧倒的に高く、
政権交代はめったに起らない。
それでも選挙に行く理由とは?
【橘玲の日々刻々】

 先日行なわれた衆院選は、大物議員の落選があったものの自民党が単独で絶対安定多数を確保し、議席増確実といわれていた立憲民主が逆に議席を減らし、維新の会が躍進するなど、メディア各社の事前の予想とは異なる結果となった。とはいえ、この選挙で政権が代わると思ったひとは誰もおらず、予定調和ななりゆきともいえるだろう。それを反映してか投票率も低調で、芸能人らによる「選挙に行こう」キャンペーンが話題になったものの、55.93%と戦後3倍目に低い数字だった。

 ところで、わたしたちはなぜ選挙に行くのだろうか? これについてはアメリカの政治学者イリヤ・ソミンの「政治的無知」説を紹介した。

[参考記事]
●衆院選前にあえて考える、「政治的無知」が大多数の現実と民主制(民主主義)が抱える問題点」

 ソミンによると、国政選挙の一票の価値はほぼゼロなので、有権者は候補者についてなにも知らないまま義務的に投票するか、スポーツファンのように選挙をエンタテインメントとして(あるいは自らのアイデンティティの証明として)「部族的・党派的」に投票するかのどちらかだという。

 これは説得力はあるものの、ずいぶんと後ろ向きの論理に思える。そこで、同じアメリカの政治学者であるアダム・プシェヴォスキの『それでも選挙に行く理由』(白水社)を手に取ってみた。原題は“Why Bother with Elections?”で、「選挙はなぜ悩ましいのか?」という感じだろうか。4年ぶりの衆院選に合わせ、「選挙」の意味を考えたい読者に向けたよい邦題になっている。

なぜわれわれは選挙に行くのだろか?          Photo :Rhetorica / PIXTA(ピクスタ)

 プシェヴォスキは1940年ポーランドに生まれ、ワルシャワ大学を卒業したあと1960年代にアメリカに留学して博士号を取得、シカゴ大学教授などを経て現在はニューヨーク大学政治学部長。ちなみにソミンも旧ソ連に生まれ、アメリカで高等教育を受けている。アメリカで活躍する旧ソ連・東欧出身の政治学者2人が、ともに「民主的な選挙に正当な根拠があるのか」について論じているのは興味深い。

現職が常に有利なのは「選挙はほとんどの場合操作されている」から

 歴史上はじめてすべての成年男子が選挙権をもって任期付きの代表を選ぶ国政レベルの選挙が実施されたのは1788年、歴史上はじめて選挙で政権交代が実現したのは1801年で、どちらもアメリカの出来事だった。

 アメリカを民主国家として設計した「創始者」たちは、「自分たちが選んだ法律によって縛られているとき、われわれは自由である」という啓蒙主義を信じていた。だがそれと同時に、きわめて大きな不安を抱えていたとプシェヴォスキはいう。それは、自分たち富裕層の資産や既得権を、どうやって貧困層から守るかという問題だった。なぜなら、金持ちより貧乏人のほうが圧倒的に多いのだから。

 その結果、初期の民主改革は、選挙権や被選挙権の制限(政治に参加できるのは有産階級の成人男性のみ)、任命制の上院(貴族院)による拒否権の行使、公開投票や間接投票(米大統領選のように選挙人をまず選んで、選挙人が大統領を決める)のような障壁によってがんじがらめにされていた。その唯一の目的は、「金持ちの財産を多数派による支配から守るため」だ。

 三権分立とりわけ司法の独立も、多数派の暴走を「法の支配」によって牽制する仕組みだった。中央銀行が政府とは独立に金融政策を決定するというルールも、多数派が際限のないばらまきで国家(富裕層)の富を破壊するのを防ぐためにつくられた。

 現状を変えるのに必要な支持の割合を高くするのが「超多数派制度」で、二院制のもとで権力をもつ「超多数派」になるには(現代アメリカでは)75%の支持が必要になる。多数派の決定権を、選挙で選ばれていない裁判所や中央銀行で制限するのは「反多数派制度」で、これらを組み合わせて、民主国家の政府はたいしたことができない(現状維持を優先する)ように設計されている。権力の監視と相互抑止のシステムによって、トランプのようなポピュリストが大統領の座についても、自由にふるまうことがほとんどできなかったのだ。

 代議制が確立されてから150年以上経過した20世紀後半になってようやく、西欧諸国で普遍的な選挙権が拡がっていく。これは一般に、革命の脅威、あるいは社会不安への対応だとされる。「政治から排除された者が革命を起こす恐れがあるため、たとえ政治的権利を共有することがエリートにとってのコストとなるとしても、エリートは革命のリスクよりもコストを選んだ」というのだ。だがそれ以外にも、既得権層の一部が政争に勝つために、党派的な理由で選挙権を拡大したという事情もあるだろう。

 しかし普通選挙が実現しても、現職が選挙で勝つ確率は一貫して高い。1788年から2008年のあいだ行なわれた2949回の選挙のうち2315回、つまり79%(4対1のオッズ比)の確率で現職が勝利した。政権交代が起こったのは544回で、これは4.75回の選挙につき1回という頻度だ。

 2008年の時点で、中国とロシアを含む68カ国では選挙の結果として政権交代が起こったことがない。「現職の敗北や平和裡の政権交代がみられた選挙は、ごく最近の現象」なのだ。

 なぜ現職はつねに有利なのか。それは「選挙はほとんどの場合操作されている」からだ。権力を掌握した与党多数派は、選挙ルールを操作し、国家機関を利用し、国家財政を使い、さらにはこれらがすべて失敗した場合でも選挙結果に手を加えることができる。中国は共産党独裁の権威主義国家だが、民主的な国もその実態は「新しい」「競争的な」「ソフトな」権威主義なのだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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