従業員自身が必要なスキルを理解するための
「ナビゲーションシステム」

グラットン スキルを取り巻く問題には2つの動きが見られます。その1つが、学位に基づく採用は非大卒者への差別に当たるという考えから、欧米で学位重視の採用を見直す企業が出ていることです。

 グーグルなど、一部企業は学歴より応募者のスキルや能力を重視し、単にMIT(マサチューセッツ工科大学)やハーバード、オックスフォードや東大などの出身者だから雇うのではなく、もっと広範な尺度に基づき、人材を採用するよう試みています。

 次に、世界中の企業が研修費を削っているという問題があります。政府が企業に働きかけて従業員研修を奨励する背景には、そうした事情も絡んでいます。

――英国政府はポスト・パンデミックの経済回復に向け、雇用政策の一環として国立スキル基金に25億ポンドを投じ、今年4月、無料の職業訓練プログラムを始めました。ソフトウエア開発やデジタルマーケティング、データ分析などのデジタルスキルに加え、会計などの専門的スキルも含め、400近い無料講座があるそうですね。

グラットン 英国政府の職業訓練プログラムは、非常に大きなリスクを伴う「職種替え」を試みる際に役立ちます。職種替えに当たっては、現職からしばらく離れる必要が出てくるかもしれませんし、新しいスキルが本当に通用するのか不安になることもあるでしょう。その際、政府の後押しというセーフティーネットがあれば、有用です。

 日本や英国、米国などで自動化が仕事を変容させる中、人々はスキルアップで現職をキープするか、リスキリングで、まったく別の仕事に就くか、いずれかの方法を取る必要が生じつつあります。だから、企業と政府が働く人々を支援する必要が出てきたのです。両者の協働がベストな成果を生むことは周知の事実です。とりわけ、職種替えのためのリスキリングを従業員任せにはできません。

 一方、政府と企業の役割は重要ですが、従業員自身も、もっといい仕事を任されたり、昇進したりするにはどのような新スキルが必要かを理解しなければなりません。私は、これを「ナビゲーションシステム」と呼んでいます。従業員は何を学ぶべきかを考え、学んだことを雇用主にアピールするために修了証などを示すことも必要です。

――コンピュータサイエンスや工学といったスキルを無料で学ぶ機会を従業員に提供するアマゾンをはじめ、テック業界や大企業には、従業員教育に力を入れ始めたところもあります。

グラットン 従業員研修は、企業の命運を左右するほど重要なことです。多くの企業が研修費を削る中、マイクロソフトやIBM、インドのITサービス最大手のタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)、富士通など、テック企業は、かなり多くのお金を研修に使っています。

 一方、大規模な職務変革を遂行中のリテールバンキング(消費者向け銀行サービス)企業なども、研修に力を入れています。管理職研修に多額のお金を投じている英スタンダードチャータード銀行が一例です。オーストラリアの通信大手のテルストラも、社員教育への注力を表明しています。言うまでもなく、昨今では、極めて洗練されたデジタルプラットフォームによる従業員教育が可能です。