ハイアールに掲げられているスローガンとは

 当時、張氏のオフィスの壁に掛けられていた書が非常に印象的だった。「戦々恐々、如履薄氷」という四字熟語が連なって書かれていた。中国では一、二を争う地位を手に入れた企業のトップなのに、これまで他社が到達できなかった実績を吹聴するどころか、むしろ自らを戒めているその姿勢に好感を持った。

中国ハイアールの会長が退任、「伝説の終わり」とまで惜しまれる人間性とは工場に掲げられたスローガン(著者撮影)

 2012年に10年ぶりにハイアールを再訪したとき、広大な工場内に入ると、スローガンが掲げられていた。「永遠戦々恐々、永遠如履薄氷」とあった。

 張氏のオフィスに飾ってあったあの書に、「永遠」という表現が追加されたのだ。そこには、10年前と比べて、さらに大きくなったハイアール自らへの自戒の気持ちが込められていた。つまり、薄氷を踏むような戦々恐々とした緊張感を永遠に保て、ということだ。

 20年ほど前にハイアールを取材したとき、張氏は途中で、ある会議に出なければならなかった。私は、「そのままオフィスに残って、あなたの書斎と蔵書を見させていただけないか」と相談したら、快諾してくれた。それで1時間ほど、私は一人で張氏のオフィスに残り、彼がどんな本を読んでいるのかを丁寧にチェックした。

 また、12年に張氏を取材した時、広報担当者が会見室を用意してくれたが、私は断った。逆に張氏のオフィスと書斎を希望した。無機質な会見室より、張氏の呼吸と本音が聞こえそうなオフィスと書斎の方がよいと思ったからだ。

 10年前のことを知らない広報担当者も秘書も私のその要求に大いに驚いたが、前例を知り、特別に認めてくれた。結果から言うと、それが大当たりだった。

 新しいオフィスと書斎の机の上に置いてあった写真は、米国の経済誌『FORTUNE』の中国語版02年8月号の表紙だったのだ。

 表紙には、タイタニックを思わせるような巨大な船が沈みかけている様子が描かれている。そこに「企業がなぜ失敗するのか?」という見出しが大きく書きこまれている。下にある小さな活字は「CEOたちは、いつも企業の失敗の口実を探し求めている。実は、その原因は彼ら本人が犯した過ちにある」となっている。

 02年の取材時に、なぜこの表紙を飾るのかと張氏に確かめたことがあった。張氏は、「企業の失敗の原因の多くはCEOにある。だから、自分を戒めるためにこの表紙を飾ったのだ」と答えてくれた。