橘玲の日々刻々 2021年11月26日

肥大化した「金融化」が市場経済を歪め、
経済格差を拡大させ「金融の呪い」を引き起こしている!
【橘玲の日々刻々】

 個人資産30兆円と、人類史上未曾有の大富豪になったイーロン・マスクが、6000万人を超えるSNSのフォロワーに、自身が保有するテスラ株の10%を売却すべきかを問うアンケートを行なった。結果は賛成57.9%、反対42.1%で、マスクは保有株の売却を始めたと報じられた。

 これとは別に、国連の食糧支援部門WFP(世界食糧計画)は「ビリオネアへのたった一度の訴え(one-time appeal to billionaires)」を発表。事務局長デイヴィッド・ビーズリーは、超富裕層の寄付で4200万人を飢餓から救うことができるとして、イーロン・マスクに66億ドル(約7500億円)の寄付を求めた(マスクは、世界の飢餓と戦う方法が示されればテスラ株を売却して寄付するとtweetしていた)。

 テクノロジーの急速な進歩とグローバル化の進展によって、これまでの常識では考えられないような富を保有する個人が登場した(マスクの個人資産はトヨタの時価総額に匹敵する)。それとともに、マスクやジェフ・ベゾス(アマゾン)など超富裕層に対する「納税義務を果たしていない」「富をもっと社会に還元すべきだ」との風当たりが強くなってきた。

 2021年6月、ロンドンで開かれていたG7(主要7カ国)の財務相会合で、グローバル企業への課税強化を視野に入れた「歴史的」な合意が交わされた。「企業が商取引で実際に利益を得ている現地で納税するよう制度を作るほか、法人税に各国共通の最低税率を定める方針」だという。

 国際協調によって法人税を引き上げる背景には、「超富裕層やグローバル企業がタックスヘイヴンを使って納税義務を回避している」との批判がある。こうした「超富裕層・グローバル企業+タックスヘイヴン批判」を主導するのがNGO団体「タックス・ジャスティス・ネットワークTax Justice Network」で、この「税の正義派」はいまや国際社会で大きな影響力をもつようになった。

 イギリスのジャーナリスト、ニコラス・シャクソンの『世界を貧困に導くウォール街を超える悪魔』(ダイヤモンド社)は、「税の正義派」が何を問題とし、どのような主張をしているかがわかるタイムリーな一冊だ(原題は“The Financial Curse:金融の呪い)”。シャクソンはTax Justice Networkの一員で、『タックスヘイヴンの闇』(朝日新聞出版)では、イギリス(シティ)が大英帝国の遺産を使ってタックスヘイヴンの国際的なネットワークをつくりあげた歴史的経緯を白日の下にさらして大きな反響を得た。

書籍『世界を貧困に導くウォール街を超える悪魔』(ダイヤモンド社刊 原題:金融の呪い)

[参考記事]
●金融立国イギリスの中心地・シティがウォール街に対抗できる理由

金融化が市場経済を歪め、経済格差を拡大させている

 シャクソンは、「あなたがインターネットで切符を購入したときの手数料75ペンス(約100円)がどのような「旅」をするか」から、国際的な金融ネットワークの説明を始める。

 トレイラインは、イギリスおよび欧州大陸の電車とバスのチケットサービス会社で、ロンドンに拠点を置いている。ところが、イギリスの利用者がトレイラインを利用すると、その手数料は「英仏海峡を越えてタックスヘイブンのジャージー島へ、そこから再度ロンドンに戻り、(トレインライン・ホールディングスなど持ち株会社)5社を通過し、もう一度ジャージー島へ戻り、欧州大陸に飛んでタックスヘイヴンであるルクセンブルクの2社の銀行口座に落ち着く」。

 だが、「ちっぽけな、しかし勇敢な75ペンス」の旅はこれで終わりではない。しばらく「金融のトンネル」に潜ったあと、今度はカリブ海へと移動し、ケイマン諸島の実態がつかみにくく不可解な3、4社を経て、「世界中の無数の資金の川や大河に合流し、まとまってアメリカの巨大な投資会社KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)の大きな胃袋に吸い込まれていく」。

 しかしこれでも旅は終わらず、KKRの創業者で億万長者のジョージ・ロバーツとヘンリー・クラビスを含む株主の口座に移り、それが「実在する」300社以上に再投資されていく(実体のないものを加えると、KKRが所有する企業数は4000社を超える)。

 タックスヘイヴンを介したこうした複雑怪奇な金融取引の連鎖が「金融化(ファイナンシャルゼーション)」で、シャクソンはこう批判する。
 
 金融化時代の到来で、企業経営者やそのアドバイザーと金融セクターは、これまで主流であった経済に貢献する形態の富の創出から乖離し、金融手法を駆使して、経済から富を搾取する方向に舵を切った。金融化は、株主や経営者に莫大な利益をもらす一方、そのよって立つ土台である実体経済、すなわち私たち庶民が暮らしを維持し、働く場である実体経済は沈滞してしまっている。いわばこれら莫大な利益と経済の沈滞はコインの表裏であり、いずれも富の搾取なのだ。

 ここからわかるように、シャクソンは資本主義を否定するのではなく、金融化によって資本主義が異形のものに変わってしまい、それが市場経済を歪め、経済格差を拡大させていると主張しているのだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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