1200年続く京都の伝統工芸・西陣織の織物(テキスタイル)が、ディオールやシャネル、エルメス、カルティエなど、世界の一流ブランドの店舗で、その内装に使われているのをご存じだろうか。衰退する西陣織マーケットに危機感を抱き、いち早く海外マーケットの開拓に成功した先駆者。それが西陣織の老舗「細尾」12代目経営者の細尾真孝氏だ。その海外マーケット開拓の経緯は、ハーバードのケーススタディーとしても取り上げられるなど、いま世界から注目を集めている元ミュージシャンという異色の経営者。そんな細尾氏の初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』がダイヤモンド社から発売された。閉塞する今の時代に、経営者やビジネスパーソンは何を拠り所にして、どう行動すればいいのか? 同書の中にはこれからの時代を切り拓くヒントが散りばめられている。同書発刊を記念してそのエッセンスをお届けする本連載。好評のバックナンバーはこちらからどうぞ。

現代アートとのコラボから、世界初の新素材が生まれるPhoto: Adobe Stock

世界最高峰のアーティストとコラボする

 現在、細尾の創造性の源泉の一つは、アートにあります。

 細尾はこれまで、アーティストとのコラボレーションにも積極的に取り組んできました。

 たとえば、二〇一四年に現代アーティストのテレジータ・フェルナンデス氏と行なった、『Nishijin Sky』というプロジェクトがあります。

 フェルナンデス氏は、作品には億の値がつくこともある、世界最高峰のコンテンポラリーアーティストです。日本でも瀬戸内の直島にパーマネントコレクションされている作品があります。

 彼女がふだん発表している作品は、真鍮(しんちゅう)にランドスケープを描き、その表面に観る人が映り込むというものです。「ものの二面性」が彼女の作品のテーマになっています。

 このときの彼女とのコラボレーションは、強烈に印象に残っています。

「アーティストからどんなリクエストが来るのか」と身構えていた私たちは、驚きました。リクエストがとくに何もなかったのです。彼女からは、作品の元になる絵が送られてきただけでした。

「リクエストがないほうが楽なのでは?」と思う方もいるかもしれません。実際は逆です。

 リクエストが様々あれば、それを西陣の技術でどう実現すればいいのか、私たちは表現の「手法」に集中すればいいだけです。

 ところが、リクエストがなければ、そもそも「何を表現するか」から、私たちが自ら考えなければならないのです。せっかくのコラボレーションですから、彼女の想像を超えるものをつくりたいという気持ちもありました。

 作品を理解して咀嚼(そしゃく)したうえで、西陣織の技術で表現しなければならない。そこには非常に高いハードルがありました。