How to Decide 誰もが学べる決断の技法『How to Decide 誰もが学べる決断の技法』 アニー・デューク 著 片桐 恵理子 訳 サンマーク出版 1980円(税込)

 残念ながら、タイムリープの能力を持たない私たちは、未来を経験することができない。私たちができるのは「予測」「推測」「想像」といった、頭の中での経験だけだ。そんな「脳内タイムリープ」を駆使して、より良い決断をするための考え方と方法を解説するのが本書『How to Decide誰もが学べる決断の技法』だ。

 著者のアニー・デューク氏は、米国の作家、コーポレートスピーカー、意思決定に関するコンサルタントだ。ペンシルベニア大学で認知心理学を専攻し、その専門知識をもとにプロのポーカープレーヤーとして活躍。2012年に引退した後に共同設立した非営利団体「Alliance for Decision Education」は、意思決定に関する教育を通じて生徒や学生を支援し、彼らの生活を向上させることを使命としている。

プレモータムで
「未来の失敗」の原因を探る

 先に私が「脳内タイムリープ」と表現したものを、デューク氏は「メンタルタイムトラベル」と言い、「過去や未来のある時点の自分を想像すること」と定義している。未来の自分をありありと想像することができれば、「前知恵(Prospective hindsight)」と呼ばれる意思決定ツールを手に入れられるという。

 前知恵とは、想像した「未来のある時点の自分」がどうやってそこにたどり着いたのか、その経緯を振り返ることを指す。その際、大事なこととしてデューク氏が強調するのは「ネガティブ」になることだ。

「引き寄せの法則」など、自己啓発書ではしばしば「ポジティブ思考が願望をかなえる」と説かれる。「必ずうまくいく」とポジティブに考えればポジティブな出来事が起こり、「きっとうまくいかない」といったネガティブ思考はネガティブな結果を引き寄せるとされる。

 一方デューク氏は、ネガティブな目的地、すなわち失敗する未来の自分を想像し、「なぜうまくいかなかったのか」「何が障害になったのか」を考える方が、より良い意思決定ができると主張する。「きっと失敗する」と、ネガティブな感情に駆られて信じるのではなく、「失敗するとしたら原因は何か」と冷静に検証するのだ。

 そうした、目的地の途上で立ちはだかる可能性のある障害物をイメージし、それらへの対処を考える作業は「メンタルコントラクティング」と呼ばれ、それに関する研究機関もあるという。

 メンタルタイムトラベルとメンタルコントラクティングを組み合わせ、未来の失敗をすでに経験した、という観点から振り返ってその原因を探る作業を、心理学者のゲイリー・クライン氏は「プレモータム(premortem)」と呼んでいる。「検死(postmortem)」が事後に、現状から過去に起こったことを検証するのに対し、プレモータムでは、事前に、未来からそこに至るまでの「悪いことが起きた原因」を探る。

 プレモータムは、決して楽しい作業ではないだろう。失敗の可能性を気に留めて不安になったり、余計なプレッシャーを感じたりするかもしれない。それを和らげるには、成功した未来の自分を想像し、その要因を探るという、プレモータムとは逆のアプローチも併用するといい。デューク氏によると、このアプローチは「バックキャスト」と呼ばれている。

 ただ、あくまで重要なのは、プレモータムの方だ。バックキャストでモチベーションを上げつつ、プレモータムではできるだけ感情を排し、冷静に分析するのが良いのではないだろうか。経済学者アルフレッド・マーシャルの言葉に「Cool Head,but Warm Heart.(冷静な頭脳と温かな心の両方を持つべきだ)」があるが、感情と理性のバランスを取ることは、「より良い決断」をするのに欠かせないのかもしれない。

 さて、プレモータムとバックキャストを行い、失敗と成功それぞれの原因がリストアップできたとする。次に行うのは、それらの原因を、「自分でコントロールできるもの」なのか「自分ではコントロールできないもの」なのかで分けることだ。前者は、自身やチームの決断や行動次第で失敗の原因をなくす、あるいは成功の原因をつくることが可能なもの。後者は運か、自分が影響を及ぼすことができない人の決断や行動で左右されてしまうものだ。

 そして、それぞれの原因が起こる確率を予想して書いておく。こうすれば、自分でコントロールできる原因については、起こる確率が高い順に対策を練っておくことができる。それらの対策がどれだけ実行可能かを考えていけば、成功する可能性が高い「決断」ができることだろう。