ノキアが事業売却の判断に使った
「決断の技法」とは
かつて携帯電話で世界を制したフィンランドの通信機器会社ノキアの元会長、リスト・シラスマ氏が著した『NOKIA 復活の軌跡』(早川書房)に、2013年、ノキアがマイクロソフトによる買収提案に乗るかどうかの「決断」をする場面が描かれている。このとき、シラスマ氏は「最善のケース」「最悪のケース」「その中間」というようにいくつもの結果の可能性を想定し、シナリオを策定したという。
例えば「マイクロソフトがノキアを買収する」というシナリオは、さらに「マイクロソフトはノキア全体を獲得する」「マイクロソフトはスマートデバイス事業のみを獲得する」といった具合に、サブシナリオに分けられた。そして、そのいくつものシナリオに沿って関連する情報を収集。その上で、シナリオが起こる可能性に影響を及ぼすために取り得る大小のアクションを継続的に考えるためのプログラムを立ち上げた。
大企業の命運が懸かった大きな決断に際し、シラスマ氏はプレモータム&バックキャストを、極めて綿密に実行したということだろう。この決断の結果、ノキアは携帯電話事業を手放したものの、グローバル・デジタル通信インフラ分野で「奇跡の復活」を果たすことになる。
なお、デューク氏は、決断する際に「結果主義(リザルティング)」に陥らないよう、注意を促している。結果主義とは、結果から決断の良しあしを判断することだ。つまり、良い結果が出たら、それは良い決断だったからで、悪い結果であれば、決断が良くないと決めつけてしまう傾向だ。
例えば「家を買う」という決断した場合、5年後に土地が値上がりして高値で売れるとなれば「良い決断」だったと思う。5年後に災害に見舞われ水没してしまったら「最悪の決断」だったと反省する。高値で売れた理由も、水没の原因も「決断」ではないのに。
実際には良い決断をしても悪い結果が出ることもあり、悪い決断をしてもたまたま良い結果になることもある。後者はよく言う「結果オーライ」「終わり良ければすべて良し」にあたる。
「結果オーライ」などと言って片付けてしまうと、決断の質はいつまでたっても向上しない。その結果に至るには、決断以外に、運を含むあまたの原因があることを認識しなければならない。プレモータム&バックキャストを実行する前に、過去に起きた出来事の結果とその原因について検証するスキルを磨くのもいいかもしれない。
本書には、質問に答える形のエクササイズも多数掲載されている。ぜひ活用して、大小さまざまな場面で的確な決断ができる力を身に付けてほしい。
(情報工場チーフ・エディター 吉川清史)