「醸造家が想いを込めた手造りの日本酒は安すぎると思うんです。安すぎるから粗末に扱われる。これが高額だったら、品質や信頼を落とした時には大変なことになりますよね。品質管理を真剣に行うと思います。だから、自信をもって値付けしていくことが大事です。

 日本酒業界はまだまだ原価計算で値付けがされる。でも、そのものの価値で値付けがされた方がいいです。小さなワインメーカーでも、世界的に認められて、収益を得ているところがありますよね。日本酒でもそうなれば、雇用や設備に投資できますし、新たな商品も開発されていきます」

ワインのような「熟成」が
日本酒の価値向上のカギに

黒龍酒造・水野直人代表みずの・なおと/1964年生まれ、福井県出身。東京農業大学醸造学科卒。協和発酵での勤務を経て1990年黒龍酒造入社。2005年代表取締役就任。

 蔵元にしっかりと利益が入り、未来への投資ができるかたちを目指している。それこそが、次世代の人たちが働きやすくなるためだ。いずれ世界で飲まれる日本酒の姿を描いた時に、安定した人材は欠かせない。また、日本酒が世界での評価を上げていくには、「熟成」がヒントにあると言う。前出の『無二』もそれにあたる。『無二』は、兵庫県東条産の最高品質の山田錦を35%まで精米した純米大吟醸原酒だ。醸した純米大吟醸原酒を「氷温熟成」(*)させている。氷温熟成というゆっくり時間をかけて育まれた豊かな味わいが特徴だ。いま、2012、13、14、15年と、年代別のヴィンテージものが展開されており、ラベルに付いたQRコードからは、商品情報などがスマホを介して確認できる。

「子供が20歳になった時に、生まれた年の日本酒を一緒に飲みたい。そういったきっかけから、『無二』が誕生しました。これまで日本酒は、精米歩合で評価される部分もありました。それも良いのですが、もっと他にも評価軸があっていい。その一つが熟成だと思っています。

 美味しい酒であることは大切ですが、『自分の生まれた年の日本酒』『会社が創業した年の日本酒』といった、記念の年に合わせた日本酒があって、長期的な視点で楽しめる日本酒があっても良いと思います。新酒だけでなく、ワインのように熟成した日本酒を打ち出していく。ワインに慣れた方々にとって熟成した日本酒は、意外と身近な存在になるのではと考えています」

*氷温とは、0℃以下からそれぞれの食品が凍り始める温度(氷結点)までの温度域のこと。氷温、氷温熟成はいずれも公益社団法人氷温協会の登録商標。