朝日新聞のマニラ支局長などを経て2009年に単身カンボジアに移住、現地のフリーペーパー編集長を務めた木村文記者が、フェイスブックで人気となっているある興味深い話題についてレポート!
「清廉潔白な公務員」にカンボジアの若者たちが熱狂
交通量の多い交差点近くで目を光らせ、交通違反を見つけると取り締まる交通警察官や、地区の交通整理員の姿は、プノンペン市内なら当たり前になった。いまや、内戦の名残である地雷による死者数よりも多くなった交通事故の死者数を思えば、厳しい取締りは歓迎すべきもの。ただしこの取締り、市民には必ずしも評価されていない。罰金代わりに金額もまちまちなワイロを要求されるからだ、という。
そんななか、「ワイロを受け取らない交通整理員」としてプノンペン市内の男性公務員を紹介した動画が、カンボジアのフェイスブックで人気となっている。
町工場や民家が建ち並ぶストゥンミエンチェイ地区。排気ガスとホコリにまみれながら、男性は交通整理をしている。昼休みに家に帰れば、病気の妻が待っている。感傷的なメロディに乗せて、カメラは貧しく、つましい彼の生活を写し続ける。画像だけでナレーションもないため、この男性が何者なのかは添えられた説明で見るしかないが、それによると、男性は違反者が差し出すワイロを受け取らず、黙々と任務を果たすという。

だれが何のために作成した動画かは突き止められなかったが、シェア数は少なくとも2000件以上にのぼる。コメント欄には、「彼のことをカンボジア人として誇りに思う。彼は正直であろうと戦っている」「彼の尊い志に敬意を表して、もっと厚遇するべきだ」「もし彼を助けたいと思う人がいたら、私に連絡して!」「彼を救うことは社会を変えることになる」「彼の給料を上げてください」「彼を見かけたら支援したい」――などの言葉が並んでいる。
そこで、この清廉潔白な交通整理員を探しに、プノンペン郊外、ミエンチェイ区へ出かけた。すでに有名だったためか、何人かに尋ねただけですぐに探し当てた。

ハオ・マウさん(52)。1985年からミエンチェイ区の職員として働き、この交差点の交通整理は2005年から担当している。家族は妻(54)と、14歳の孫娘。5人の子どもたちはそれぞれ独立して家を出ている。妻は6年前に高血圧を患い半身不随に。マウさんの介助なしには生活できない状態だ。
給料は月額たった30ドル(約2400円)。ささやかな持ち家があるとはいえ、プノンペン市内でこの収入では生活は相当苦しい。しかし、朝6時から夜7時まで交通整理の仕事をしているので、アルバイトはできない。
「違反者からお金を差し出されることはたくさんあるけど、受け取らないよ。自分と同じように苦しい生活をしている人たちだからね、貧しい人たちお金をとろうとは思わない」と、マウさんは言う。どうしたらみんながマウさんのようになれるのだろう、と尋ねた。「もちろん政治家に汚職をなくす努力をして欲しい。でも無理だね。ワイロをなくすなんて、あきらめている。ただ、自分だけは腐敗しないようにしているだけだよ」
正直なところ、マウさんが本当にワイロを拒否しているかどうかの証明はできない。口ぶりからは照れ屋で正直な人柄が伝わってきたが、私自身がワイロ拒否の現場を見ていたわけではない。だが、おもしろいのは、それが事実だろうと偶像だろうと、「清廉潔白な公務員」にフェイスブックのヘビーユーザーであるカンボジアの若い人々が熱狂したことだ。
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