交通渋滞、洪水、地盤沈下……
劣悪なジャカルタの生活環境

 インドネシア人が今回の遷都計画をすんなりと受け入れている理由はそれだけではない。遷都もやむを得ないと思わせるほどのジャカルタの劣悪な生活環境だ。筆者は3カ月ジャカルタに住んだことがあるが、滞在したことのあるASEAN10カ国すべての首都の中で一番厳しいと感じた。

 ジャカルタ広域首都圏の人口は3278万人まで膨らみ、東京都市圏に迫る世界第2位の人口密集地になっており、明らかにオーバーキャパシティーだ。モータリゼーションの進展で、ジャカルタでは慢性的に渋滞が発生し、ひどいときにはゴジェックやグラブ(注:Uberのような配車アプリ)のバイクが車道ではなく、それより一段高い歩道を走っていることもある。その歩道もまた、穴があちこちに開いておりひと時も気を抜くことができない。『ニューヨーク・タイムズ』紙が「誰も歩きたがらない街、ジャカルタ」(Jakarta, the City Where Nobody Wants to Walk)と題した記事を掲載したのもむべなるかな。大雨ともなると車が1ミリも進まなくなり、30分や1時間の遅刻は当たり前なので、事前に相手と時間を決めて会うのが難しいほどだ。洪水被害が相次いでいる他、地下水のくみ上げ過ぎによる地盤沈下が心配されている。加えて、大気汚染はもはや最悪時の北京の状況に近い。

 もう一つ、インドネシア人が冷静に計画を受け入れている背景は、今回の動きが決して新しいことではないからだ。初代のスカルノ大統領、第2代のスハルト大統領、そして前任のユドヨノ第6代大統領と、インドネシアでは歴代リーダーが新首都構想を練っては白紙になった。そういう経緯もあり、「本当に実現するのか」という懐疑論も根強い。中国が参加する形で進められ、完成が大幅に遅れているジャカルタ~バンドン高速鉄道計画と同様、土地収用は頭の痛い問題となりそうだ。

ジョコ大統領を支持する勢力は
遷都計画に賛成

 今回の遷都計画には政治的な意味合いが小さくない。ジョコ大統領を支持する勢力は支持、反対する勢力は反対と、はっきり分かれている。

 多くのインドネシア専門家は、就任直後とは違いジョコ大統領が権威主義的傾向を強めていると指摘する。2019年、2期目に入って突如発表された今回の計画も、国民の意見を十分に吸収することなく、独断専行で進めているという批判がある。事実、今回の法案の審議に費やされたのはたったの43日だった(与党8党が賛成、唯一少数野党のPKSだけが反対)。

「そもそもコロナ禍で大変なこの時期に優先してやるべきことなのか」という慎重論も当然あるし、NGOを中心に移転先の環境破壊を懸念する声もある。