私はクラブカルチャーにはなんの知識もないが、そんな人間でもアシュリー・ミアーズの『VIP グローバル・パーティーサーキットの社会学』(みすず書房)はとても面白く読めた。ニューヨークの有名クラブや、映画に出てくるようなアメリカの富裕層のパーティで、いったい何が行なわれているのかようやくわかったからだ。ここではその驚き(の一部)を紹介してみたい。

著者のミアーズはボストン大学の社会学者(准教授)だが、16歳からモデルの仕事を始め、ジョージア大学を経てニューヨーク大学で博士号を取得するまでパートタイムのモデルとして働き、2011年にその体験を“Pricing Beauty: The Making of a Fashion Model(美の値段 ファッションモデルをつくる)”という本にまとめた。ミアーズが行なったのは社会学でエスノグラフィーと呼ばれる行動観察調査で、研究者が調査対象と行動を共にし、同じ立場でさまざまな経験を記録する手法だ(フィールドワークの一種で、文化人類学者が先行して行なったので「民族誌調査」とも訳される)。
ミアーズは自分自身がファッションモデルだったので、「美の世界」の観察者としてうってつけだった。自身の体験や多くの取材をもとに、一見、華やかなファッションモデルが低賃金の労働で、モデルの多くがエージェントに借金しているなどの内幕を描き、高い評価を得た。
『VIP』はその続編で、ニューヨークやマイアミなどの有名クラブや、ハンプトンズ(ニューヨーク郊外)、コート・ダジュール(フランス)、イビサ島(スペイン)、サン・バルテルミー島(カリブ)などのリゾートで開かれるパーティ文化のエスノグラフィーだ。こうしたパーティには「girls(女の子たち)」と呼ばれるファッションモデルが呼ばれるため、ミアーズは31歳にもかかわらずなんとか潜入に成功し、この興味深い文化を調査することができた。原題は“Very Important People: Status and Beauty in the Global Party Circuit(VIP グローバル・パーティーサーキットのステイタスと美)”。
ニューヨークのクラブで行なわれていることは、銀座のクラブやキャバクラ、ホストクラブとほぼ同じ
イギリスの社会学者のキャサリン・ハキムは、(主に)若い女性にはエロティック・キャピタル(エロス資本)ともいうべき資本があると述べた(『エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き』共同通信社)。だが富裕層たちのパーティ文化では、売買春にならないように、金銭とエロス資本の交換は慎重に隠されている。――そのためミアーズは「エロティック・キャピタル」を使わず、「美的資本」「身体資本」などとしているが、これはたんなるレトリックのちがいだろう。
パーティ文化の最大の特徴は、富と美の交換から利益が生じているにもかかわらず、関係者が並々ならぬ努力をして、「友だち同士で楽しく遊んでいる」という虚構をつくっていることだ。ミアーズは、(馬鹿馬鹿しいとも思える)その仕組みを見事に解き明かした。
ニューヨークなどのクラブには、DJブースとフロアのほかにVIP用のテーブル席が用意されている。フロアには座る場所がなく、バーカウンターでアルコールを買い、音楽に合わせて立ちっぱなしで踊るしかない。
壁際につくられたテーブル席はフロアから一段高くなっていて、そこにプラスチック製のソファーとテーブルが置かれている。ソファーの背も平らになっていて、そこでも踊れるようになっている。ミアーズによれば、クラブの収益の大半はこのテーブル席から生み出される。
テーブル席を確保するのは「クライアント」と呼ばれる富裕層で、アラブの富豪などもいるが、その多くはウォール街などで働く「ワーキング・リッチ」だ。席料は1000ドル(約10万円)程度だが、彼らは一晩で1万ドルから1万5000ドル(約100万~150万円)を散財する。
それぞれのテーブルには5~10人ほどの「ガールズ(girls)」がつくが、彼女たちはホステスではなく、扱いはクラブの客だ。ガールズを連れてくるのは「イメージプロモーター」と呼ばれる男(わずかだが女もいる)だが、プロモーターは「手配師」ではなくクライアントの「友人」ということになっている。クライアントが直接、プロモーターにお金を払うと風俗業(ポン引き)になってしまうのだ。
では、どうやってプロモーターは収入を得ているのだろうか。それは、クライアントが注文するシャンパンなどのキックバックだ。ニューヨークのクラブでは1本200ドル(約2万円)程度のシャンパンを1000ドル(約10万円)で出している。「ガールズ」の分を含めて10本のシャンパンを入れれば100万円で、プロモーターはその2割(約20万円)を受け取る。これを週4日やれば月収300万円、年収3000万円ほどになる計算で、これが基本的なビジネスモデルだ。
プロモーターとガールズの間にも金銭関係はなく、あくまでも「男友だち」に誘われてクラブに遊びに来たことになっている。ただしプロモーターは女の子たちに高級レストランでディナーをおごり(ディナー代はクラブ持ちだがウェイターなどにチップをはずまなくてはならない)、クラブから自宅までの送迎も必要になる。女の子たちにアパートを提供することもあり、全体ではかなりの出費になるようだ。
「ガールズ」は現金を受け取らない(お金が介在すると「高級コールガール」になってしまう)が、豪華な食事からパーティまですべて無料で楽しめるばかりか、リゾート地への往復の旅費や宿泊費もプロモーター持ちだ。無一文でも「スーパーリッチの夢の世界」を体験できるのだ。
ここからわかるように、ニューヨークのクラブで行なわれていることは、日本なら銀座のクラブやキャバクラ、ホストクラブ、"ギャラ飲み"とほぼ同じだ。ピューリタン文化の名残のあるアメリカでは、風俗の女性と素人を厳密に分ける必要があり、日本ではお金ですませてしまうことにこのような複雑な仕組みをつくったのでないだろうか。――ただし後述するように、クライアントは「ガールズ」を"推す"わけではない。
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