ポランニーは、これらの暗黙知(tacit knowing)の働きによる世界の拡張を、人間の技量の拡張へと関連づけると共に、拡張時における高次低次の階層性とその制御メカニズム、および非生命から生命の発現にいたるプロセスにおける創発行為と暗黙知の包括のメカニズムの相似性などについて語る。つまり人間の知の広がりだけではなく、生物の進化すら暗黙知の活動によって行われたと説くのである。

 このあたりは、発生学や生理学的な知見から見て適切な見解なのかどうか、評者には判別できないが、暗黙知(tacit knowing)に基づく行為を人間のみならず、生物全体が義務付けられた自己更新に紐づく必然的行為にまで展開するところは興味深い。読み始めてしばらくは懐疑的にならざるをえないが、読書を進めるうちにその可能性は十分あるのだろう、と思わせてくれる。そう思わせるのは、著者の信念の強さである。

暗黙知によって
より良い社会を実現できる

 とはいえ、実は本書は、暗黙知を説明するために書かれた本というよりも、暗黙知の持つポテンシャルを開花させることによって、よりよい社会をつくりたいと思うポランニーの希望の書なのである。

「この二、三千年で、人類は、暗黙知の能力に言語と書物に文化機構を装備させて理解=包括の範囲を桁外れに拡げてきた。こうした文化的環境に浸かりながら、いま私たちは、その範囲が著しく拡張した「潜在的思考」に反応しているのだ」

 潜在的思考とは、暗黙知のポテンシャルを信じて世界を拡張していこうとする思考である。この思考を進めることによって、人間ひとりひとりが創造的独自性を開花させることが可能になる。人は想像力を働かせる際に、予期される発見の美しさと、それが孤独のうちに達成される興奮によって、力を得ることができる。暗黙知はその原動力になる。

 平易に言えば、これから自分が発見するであろうことに対してわくわくしながら、知的な好奇心を全開にして、それぞれの個性に基づいて物事を深く考えていく、そうやって個人個人が暗黙知の力を発揮していけば、社会や文化や科学や学問はよりよい方向に進む、くらいの意味であろうか。