日本ではオミクロン株の感染拡大が続いていますが、ひと足早く感染が始まったヨーロッパでは大きく2つの対応がなされています。
ひとつはワクチン接種義務化の流れで、オーストリアでは18歳以上で未接種だと最高3600ユーロ(約46万円)の罰金が科せられ、フランスも16歳以上の未接種者がレストランや映画館、長距離交通などを利用できない「実質義務化」に踏み切りました。イタリアは50歳以上、ギリシアは60歳以上の高齢者の接種を義務化しており、ドイツも全成人への接種義務化を議会で審議しています。
もうひとつはコロナ規制撤廃の流れで、イギリスがマスク着用義務などの規制をほぼ撤廃し、ノルウェー、デンマーク、アイスランドなどの北欧諸国が続きました。オミクロン株は重症化率が低く、集中治療室の逼迫が見られないことなどから、国民の行動を過度に制限する必要はないというのが理由です。これらの国はワクチンの3回目接種率も高く、感染者を含めれば、ほぼ「集団免疫」を獲得したという判断もあるようです。
マクロン仏大統領がワクチン接種の実質義務化をコロナ規制撤廃の条件としたように、この2つは両立可能です。ワクチン接種で感染・重症化するひとが減れば医療は圧迫されず、経済活動に負担をかけずにすみます。
しかしこれは、逆にいうと、ワクチンを接種しない者が一定数いると市民生活が脅かされるということです。「ワクチンを接種しない自由」と「市民社会の自由」が対立し、後者を重視する国民が多数派だからこそ、各地で激しい抗議デモが起きてもマクロンは強気を貫けるのでしょう。
コロナ規制を撤廃したデンマークは、いち早く「コロナパス」のアプリを導入し、ワクチン接種済みか、コロナ検査で陰性であることを提示しないとカフェやレストラン、図書館などを利用できないようにしていました。これが可能になったのは、日本のマイナンバーにあたる「CPR(社会保障)番号」によってあらゆる行政手続きがオンライン管理されているからで、接種履歴や検査結果は自動的に医療ポータルに表示されます。
コロナ禍の所得保障ではイギリスが、従業員の給与を企業が支払日ごとにオンラインで歳入庁に報告する「即時情報(RTI)」システムを活用して、所得が減った個人をリアルタイムで把握、自ら支援要請しなくても給付金請求の案内メールを送っていました。それに対して日本は、マイナンバー制度はあるものの、「コロナパス」もできなければ給付金の支給にもまったく役に立たず、平井卓也前デジタル改革相が「デジタル敗戦」を認める有様です。
これまでリベラルなメディアや知識人は、「ワクチンを打つか打たないかは個人の権利」「個人情報を国家に渡せばファシズムになる」と主張してきました。しかし、このひとたちが憧れる欧州のリベラリズムは、市民社会の自由を守るために個人の権利を制限し、個人情報を国家が管理することで、国民の生命と生活を守る功利主義的な政策を行なっています。
日本人はいつまで、「マスクと手洗い」の自助努力でコロナと戦おうとするのでしょうか。
『週刊プレイボーイ』2022年2月14日発売号に掲載
橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は、『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』 (小学館新書)。
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